金沢大学(金大)は9月14日、トマトの茎葉や未熟果実に豊富に含有されるステロイドアルカロイド「トマチジン」と、その前駆体のステロイドアルカロイド配糖体「α-トマチン」(トマチン)にうつ病予防および治療効果があることを発見したと発表した。

同成果は、金大 医薬保健研究域薬学系の出山諭司准教授、同・金田勝幸教授、同・医薬保健学域薬学類の杉江莉奈子大学院生、金大大学院 医薬保健学総合研究科 創薬科学専攻の田畑仁紀大学院生らの共同研究チームによるもの。詳細は、中枢神経と末梢神経の栄養学に関する全般を扱う学術誌「Nutritional Neuroscience」に掲載された。

うつ病は、非常に身近な精神疾患で、世界保健機関(WHO)によれば、2023年3月31日時点で患者数は世界でおよそ2億8000万人いるとされる。また深刻化すると自殺や引きこもりの要因となり、甚大な社会的・経済的損失をもたらしている。

そうした中で、日本で現在治療に用いられている抗うつ薬は、1960年代に提唱された「モノアミン仮説」に基づいて開発されたものだ。同仮説は、うつ病患者の脳内では、神経細胞から放出されるセロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミン(神経伝達物質)量が減少しているという内容。そのため抗うつ薬を服用することで、神経の末端から一度放出されたモノアミンが再び神経に取り込まれるのが阻害され、神経細胞間のモノアミン量が増加し、抗うつ効果が示されると考えられている。

しかし、服用により神経細胞間のモノアミン量はすぐに増加することはわかっているが、効果が発現するまでにはなぜか数週間以上を要するなど(その間服用を続ける必要がある)、モノアミン仮説ではうつ病の病態のすべてを説明することができないとされる。しかも、3分の1以上の患者が治療抵抗性を示すことが大きな問題となっている。

それに対し、2000年代の臨床研究により、全身麻酔薬「ケタミン」が、治療抵抗性うつ病患者に即効性の抗うつ効果を示すことが判明。その後の研究の進展により、ケタミンの抗うつ効果において、脳の内側前頭前野(mPFC)での、細胞の増殖や生存、シナプス可塑性など多様な機能に関わるリン酸化酵素複合体「mTORC1」のシグナル活性化が重要であることが見出されている。

しかし、ケタミンには重大な副作用(依存性、幻覚、妄想など)があり、日本では麻薬に指定されている。そのため、ケタミン自体の抗うつ薬としての臨床応用には制約があり、ケタミンより安全性の高い新規うつ病予防・治療法の確立が求められている状況だ。

そこで研究チームは今回、mTORC1活性化作用を有する食品由来成分の中から、抗うつ効果を示す化合物を探索したという。その過程で、トマトの未熟果実や茎葉に豊富に含有されるトマチジンが、mTORC1シグナル活性化作用を有する点に着目。そして、「リポポリサッカライド」(LPS)誘発うつ病モデルマウスを用いて、トマチジンとトマチンの抗うつ効果に関する検討を行ったとする。

  • トマチンはトマトの未熟果実や茎葉に豊富に含まれる。トマチンには毒性があるが、4つの糖構造が外れたトマチジンの毒性は低い。

    トマチンはトマトの未熟果実や茎葉に豊富に含まれる。トマチンには毒性があるが、4つの糖構造が外れたトマチジンの毒性は低い。(出所:金大プレスリリースPDF)

トマチジンとトマチンのうつ病予防効果は、mTORC1阻害薬物の「ラパマイシン」を、mPFC内に局所投与することで消失することが確認された。トマチジンとトマチンのうつ病治療効果も、mPFC内へのラパマイシンの投与によって同様に抑制されることがわかった。これらの結果から研究チームは、トマチジンとトマチンは、mPFCにおけるmTORC1活性化を介して、うつ病予防および治療効果を示すことが明らかになったとする。

  • トマチジンおよびトマチンのうつ病予防効果に対する、mPFC内mTORC1活性化の役割が、うつ病モデルマウスを用いた行動実験で調べられた。

    トマチジンおよびトマチンのうつ病予防効果に対する、mPFC内mTORC1活性化の役割が、うつ病モデルマウスを用いた行動実験で調べられた。無動時間(グラフ縦軸の値)が短いほど抗うつ効果が強い。mTORC1阻害薬ラパマイシンをマウスの両側mPFC内に局所投与すると、トマチジンおよびトマチンのうつ病予防効果は消失した。これらの結果から、両化合物のうつ病予防効果におけるmPFC内mTORC1活性化の重要性が示唆された。(出所:金大プレスリリースPDF)

うつ病は女性に多い疾患で、特に閉経移行期はうつ病の発症頻度が高い。そこで続いて、閉経移行期うつ病モデルとして卵巣を摘出したマウスを用いた解析が行われた。その結果、トマチジンとトマチンが、卵巣摘出マウスのうつ病様行動を改善することが見出されたのという。

なおトマチジンやトマチンは、トマトの実が熟していくにつれて含有量が少なくなり、トマチンの場合は、熟したトマトよりも未熟果実中の方が100倍~1000倍も多く存在するという。そのため、未熟なトマトを食さない限り、普通はトマチジンやトマチンを食してしまうような心配はないとする。

研究チームによると、今後トマチジンを主成分とする機能性食品が開発されれば、うつ病の予防や補助療法に応用できる可能性が期待されるという。また、トマトの生産過程で廃棄される摘果果実や茎葉からトマチジンを抽出することで、農業廃棄物の有効活用につながるため、SDGsの推進にも貢献できる可能性があるとしている。