京セラは10月11日、電波(マイクロ波)の放射を集中させるビームフォーミング技術と、電波の伝搬環境に応じてリアルタイムに電波放射を追従制御するアダプティブアレー技術を融合させることで、5.7GHz帯における「空間伝送型ワイヤレス電力伝送システム」を実現する基礎技術を開発したことを発表した。
ドローンやEVを追従し送電する“充電不要”の世界へ
IoT機器が数多く普及し、ビッグデータに対する需要も広がる近年では、センサをはじめとする機器の省スペース化や設置自由度の向上に向け、配線を必要としないワイヤレス電源の実現が求められている。またドローンや電気自動車(EV)といった電動モビリティについては、長時間の使用が求められることから、移動体に追従したワイヤレス電力伝送に対するニーズが高まっているという。
京セラの先進技術研究所では、未来のモビリティ社会実現に向けたアプローチの1つとして、ワイヤレス給電によるドローンの航続距離伸長を構想。そして同社が長年にわたり展開する通信基地局事業で培われたノウハウをもとに、新技術の開発に着手したとする。
そして今般、電波制御技術を駆使してマイクロ波を対象へと高精度で放射・追従することで、移動体への安定的な給電を可能にする空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの基礎技術を開発するに至ったとのことだ。
新技術の実現に寄与した3つのキー技術
京セラ 研究開発本部 先進技術研究所 第1基盤技術ラボ ワイヤレス研究課 課責任者の田中裕也氏は、開発技術の特徴として以下の3点を挙げる。
京セラの空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの特徴
- 高速追従する電波制御
- 高精度な電波制御
- 高効率な電力変換
高速追従する電波制御
移動体への安定的な電力供給を実現するためには、対象へと高精度に電波を届けるため、高速追従が可能な制御技術が必要となる。京セラはこの点について、電波エネルギーを集中制御するビームフォーミング技術と、電波の伝搬環境に応じて指向性を制御するアダプティブアレー技術を駆使しているという。
ビームフォーミング技術は、電波の行路差によって生じる振幅・位相の差を利用して、電波を特定の方向へと強め合うように送信するもので、アンテナ本数分の電力を集中させることができ、電波の到達可能距離を伸ばすことができるとする。加えて、電気的な制御のみで電波に指向性を持たせることができるため、機械的な消耗や故障に対するリスクを排除でき、長期的な使用にも効果的だとしている。
一方のアダプティブアレー技術は、周囲の環境に応じて電波放射の指向性を適応的に制御する技術。特定の方向へと電波を強め合うように送信する同技術では、壁などの障害物に電波を反射させて送電することが可能なうえ、伝搬環境の変化にも追従することができる。これにより、ドローンなどの移動体に対しても安定的な電力供給が可能になるとのことだ。
高精度な電波制御
新技術で電力伝送に用いられているマイクロ波は、人体や無線システムへ悪影響を及ぼすことから、ワイヤレスでの電力伝送においては、必要な方向へマイクロ波を放射し、不要な方向ヘはマイクロ波を放射しないことが求められる。
そこで京セラは、先述のビームフォーミング技術により特定の方向への電波を強めるのと同時に、別の方向への電波は弱め合うように送信する「ヌルステアリング」を融合させた独自のアダプティブアレー技術を開発したという。
また、ヌルステアリングによって電波放射を抑える範囲を拡大する「ヌル広角化技術」も独自アルゴリズムにより開発したことで、人体や無線システムに対して影響を及ぼさない電力伝送が可能になるとしている。
田中氏は「特定の方向に電波を送るだけでなく、それ以外の方向に“電波を飛ばさない”ことに強みがある」と話しており、安全性が担保されたシステムの開発に向け、その改良を続けていくとのことだ。
高効率な電力変換
電波を用いた送電では、制御技術によって強い電波を送ることに加え、受信するアンテナ側でも高効率で電波のエネルギーを電力へと変換する必要が生じる。
京セラは今回、マイクロ波を受診して整流する独自の「レクテナ回路技術」(整流回路とアンテナの組み合わせ)を開発。35mm角という小型デバイスでありながら、電波が持つエネルギーを70%~80%という効率で電力へと変換できるとする。この効率について田中氏は、「他社の技術を見ても比較的高い水準にある」と話した。
ワイヤレス電力伝送のデモはCEATECでも展示
今回の記者説明会では、実際のワイヤレス電力伝送システムを用いたデモンストレーションも実施された。なお、マイクロ波を使用しることから、防護用のシールドテントで覆われた状態で実演が行われた。
ミニカーとドローンを用いた同デモ環境では、上部のアンテナからマイクロ波を送信し、それを受信したミニカーが走行。また電波方向の切り替えの実演として、ミニカーの走路から離れたドローンとの間で電力の伝送先を切り替える様子も見られた。
「本来はドローンを飛ばしたい」というものの、現時点でのピーク供給電力は2381mW(1mでの伝送)で、ドローンが飛行できるほどの大きな電力を送ることはまだできていないといい、今後の技術開発によってその実現を目指すとする。
また現在は基礎技術を開発した段階であるため、実用化の時期については未定とのこと。今後の想定について、京セラ 先進技術研究所の小林所長は「IoT機器や工場内センサなど、配線面での課題を抱える領域での実装が早く進んでいくだろう」と見通しを語った。
なお、今回公開された空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムのデモンストレーションについては、10月17日から20日まで幕張メッセで開催される「CEATEC 2023」でも展示を行う予定だとしている。