名古屋大学(名大)は10月6日、膵臓に存在する「膵星細胞」が、慢性膵炎や膵がんなどの膵臓病における線維化、および膵臓の修復に重要な役割を担っていることを明らかにしたと発表した。

同成果は、名大大学院 医学系研究科の安藤良太研究員、同・榎本篤教授、藤田医科大学 国際再生医療センターの髙橋雅英センター長らの共同研究チームによるもの。詳細は、基礎生物医学と臨床医学の間をつなぐ分野を扱う学術誌「The Journal of Pathology」に掲載された。

膵星細胞とは、膵臓の間質(腺細胞や内分泌細胞などの上皮細胞の周囲空間のこと)に存在する細胞で、突起があって星形に見えるのが特徴だ。その役割はまだ完全には解明されていないが、正常な膵臓では間質の恒常性を保つ役割があることがわかっている。

慢性膵炎や膵がんなどの膵臓病では、間質にコラーゲンなどの物質が溜まっていき、膵臓が硬くなってしまう線維化とよばれる特徴的な現象が起こる。同現象は、慢性膵炎や膵がんなど重大な膵臓病において病気の進行をもたらし、さらには治療に対する抵抗性を強めてしまうことが知られている。

線維化の直接の原因となるのは線維芽細胞で、健常な膵臓に同細胞はほとんど存在しない。慢性膵炎や膵がんになると、線維芽細胞が出現してコラーゲンなどの物質を過剰に作り出し、膵臓に線維化をもたらすのである。しかし、線維芽細胞がどこからやってきて、どのようなメカニズムで病気に関わっているのかについては、未解明な点が多く残されていた。

  • 健常な膵臓(左)と慢性膵炎の膵臓(右)の模式図。

    健常な膵臓(左)と慢性膵炎の膵臓(右)の模式図。膵星細胞が繊維化して線維芽細胞となる。(出所:名大プレスリリースPDF)

近年の研究で、膵星細胞に膵臓の線維化との関わりがあることを示唆する報告が相次ぎ、注目を集めているという。これまでの膵星細胞研究では、人体から膵臓の一部を採取してばらばらにしてから、実験室で培養された膵星細胞を使ってさまざまなデータが収集されてきた。

しかし、膵星細胞の働きをより正確に知るためには、実験室での培養細胞だけでなく、膵臓をそのままの状態で観察・解析する実験を行うことも必要だとする。そのためには、多くの細胞が混在する膵臓の中で、膵星細胞を特定するための目印(マーカー)が重要だ。そこで研究チームは今回、膵星細胞の表面にしか存在しない膜タンパク質「メフリン」をマーカーとして使うことで、膵星細胞の形や性質、働き、特に線維化との関わりを探ることにしたという。

まず、遺伝子組み換えマウスを利用して、メフリンを持つ細胞だけに蛍光タンパク質を持たせることで、蛍光観察により膵星細胞の分布や形態が調べられた。さらに、同マウスの膵臓に対して組織透明化技術を駆使し、膵臓での膵星細胞の様子を3Dで観察したとのこと。すると、膵星細胞は主に膵臓内の毛細血管に沿って分布しており、その長い細胞突起が毛細血管に密着していることが示されたとする。

  • 3Dで見た膵星細胞。緑が膵星細胞、白が毛細血管。その他の細胞(膵腺房の上皮細胞など)は、細胞核のみが青で示されている。

    3Dで見た膵星細胞。緑が膵星細胞、白が毛細血管。その他の細胞(膵腺房の上皮細胞など)は、細胞核のみが青で示されている。(出所:名大プレスリリースPDF)

次に、慢性膵炎や膵がんのマウスで、メフリンを目印に膵星細胞の子孫の細胞がどうなったかを調べる「系譜細胞追跡実験」が行われた。その結果、膵臓に線維化をもたらす線維芽細胞の一部が、膵星細胞の子孫であることが判明。過去の研究で、実験室で培養した膵星細胞を使った実験により、膵星細胞が線維芽細胞に変化しうることは確認されていたが、今回の研究により、実際の動物の生体内でこの現象が証明されたとした。

  • (左)遺伝子組み換えマウスの健常な膵臓で、メフリンを持つ膵星細胞が蛍光タンパク質(緑色)でラベルされた様子(矢印)。(右)同マウスに、膵がん細胞を移植して膵がんを発生させると、緑色の膵星細胞の子孫が、線維芽細胞(がん関連線維芽細胞)となっていることが確認された(赤色は膵臓の上皮細胞およびがん細胞、青色は細胞核)。

    (左)遺伝子組み換えマウスの健常な膵臓で、メフリンを持つ膵星細胞が蛍光タンパク質(緑色)でラベルされた様子(矢印)。(右)同マウスに、膵がん細胞を移植して膵がんを発生させると、緑色の膵星細胞の子孫が、線維芽細胞(がん関連線維芽細胞)となっていることが確認された(赤色は膵臓の上皮細胞およびがん細胞、青色は細胞核)。(出所:名大プレスリリースPDF)

さらに、膵星細胞が、病気の膵臓を修復しようとする働きを持っている可能性を示す、2つの重要な知見が得られたという。1つ目は、慢性膵炎のマウスで、メフリンを目印として使い、膵星細胞を人為的に無くしてしまう「細胞枯渇実験」を実施した結果、線維化がより強くなることがわかったとする。この結果は、膵星細胞が線維化の原因である線維芽細胞を生み出すという働きと一見矛盾するように見える。しかしながら研究チームは、膵星細胞や線維芽細胞の一部が、病態の経過の中で、ある時期には線維化を抑制する役割を持っている可能性があることを示しており、今後の研究展開が期待されるとしている。

そして2つ目では、膵星細胞が産生する物質「R-spondin 3」に着目された。同物質は、細胞増殖刺激の1つである「Wntシグナル」を強化する物質である。慢性膵炎では、炎症による破壊から回復するために上皮細胞が増殖しようとするが、膵星細胞を人為的に無くしてしまうと、この細胞増殖が妨げられることが明らかになった。このことから、膵星細胞はR-spondin 3を産生して、細胞増殖をサポートしている可能性があると考えることができるとする。

研究チームによると、今回の研究成果は、膵臓病の病態に深く関わっている膵星細胞にアプローチするための重要な手がかりとなる可能性があるという。そして今後の膵星細胞の研究を通して、膵臓病における線維化のメカニズムを解き明かし、将来的には新たな治療戦略の提供へとつなげていくことが期待されるとしている。