豊橋技術科学大学(豊橋技科大)は10月3日、全固体リチウムイオン電池用固体電解質「Li10GeP2S12」の合成に要する時間を、有機溶媒「アセトニトリル」(ACN)、飽和5員環複素環式化合物「テトラヒドロフラン」(THF)、微量のエタノール(EtOH)の混合溶媒に、Li10GeP2S12の出発原料である「硫化リチウム」(Li2S)、「硫化リン」(P2S5)、「硫化ゲルマニウム」(GeS2)と共に硫黄(S)を過剰に添加することで、従来ではおよそ3日間必要だった総合成時間を、7.5時間にまで短縮することに成功したと発表した。

同成果は、豊橋技科大 電気・電子情報工学専攻の小川海斗大学院生(研究当時)、同・蒲生浩忠大学院生(研究当時)、同・草場育代研究員、同・引間和浩助教、同・松田厚範教授らの研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行する化学全般を扱う学術誌「Chemical Communications 」に掲載された。

現在のリチウムイオン電池には有機電解液が用いられているが、電池ケースが破損した場合に漏洩して発火の危険性があることが課題となっている。また、電気自動車(EV)に搭載するには、さらなる小型軽量化と大容量化が求められており、これらを実現できる技術として、有機電解液を無機固体電解質に置き換えた全固体電池の開発が急ピッチで進められている。

これまでのところ、全固体電池のEVへの適用に向けた無機固体電解質の開発としては、優れたイオン伝導性と可塑性を示すことから硫化物固体電解質の材料開発が活発に進められてきた。しかし、硫化物固体電解質は大気中で不安定であり、合成プロセスで雰囲気制御を必要とするため、低コストかつ量産に適する液相合成手法の確立が求められていた。

EVに適用できる全固体電池用固体電解質の有力候補の1つに、高いイオン伝導性を示すLi10GeP2S12固体電解質がある。ただし、従来の液相合成では不溶性Li3PS4中間体の形成が律速となるなど、3時間以上という長い反応時間を必要とすることが課題となっていた。

そうした中で、可溶化剤として過剰な硫黄、有機溶媒としてACNとTHF、EtOHを用いた混合溶媒を用いることで、固体電解質の「Li7P3S11」や「Li6PS5Cl」などの短時間合成を実現してきたのが研究チームだ。今回の研究では、その液相合成手法を応用して、室温で高イオン伝導性を示すLi10GeP2S12を過剰の硫黄およびACN-THF-EtOH混合溶媒を用いて、短時間合成を試みることにしたという。

今回の手法の反応メカニズムを解明するため、紫外可視分光法により前駆体溶液の状態が調査された。その結果、S42-、S62-、S3・-などの多硫化リチウムが形成されていることが判明。そのことから、今回の手法における反応は以下のステップで進行すると考えられるとした。

  1. リチウム(Li)イオンが高極性溶媒であるEtOHと強く配位し、多硫化物イオンがLiイオンから遮蔽されることで、高い反応性を有するS3・-ラジカルアニオンが安定化
  2. 生成されたS3・-が攻撃することで、P2S5のケージ構造が開裂、GeS2の結合が切断され、反応が進行する

これらの反応により形成されたチオリン酸リチウムは、高い溶解性を有するACNとTHFの混合溶媒中に溶解するため、短い時間で均一な前駆体溶液が得られたと考えられるとする。結果として、反応過程でボールミリングや高エネルギー処理を必要とせず、最終生成物であるLi10GeP2S12を総合成時間7.5時間で調製することができたという。そして得られたLi10GeP2S12のイオン伝導性は25℃で1.6mScm-1であり、高いイオン伝導性を示すことも確認された。

研究チームは、今回の研究で構築した全固体電池用硫化物固体電解質の低コスト液相合成法は、全固体電池を搭載したEV実用化にとって重要な技術になると考えているとする。また今回の研究では、硫化物固体電解質としてLi10GeP2S12が着目されたが、それ以外の高イオン伝導性硫化物固体電解質の合成へも展開していくとしている。

  • 今回の手法における物質の反応プロセス

    今回の手法におけるLi10GeP2S12の反応プロセス(Li10GeP2S12の液相合成工程) (出所:豊橋技科大プレスリリースPDF)