東北大学、京都工芸繊維大学(京工繊)、大阪大学(阪大)、科学技術振興機構の4者は9月29日、周期的な屈折率分布を有するフォトニック結晶の格子点の位置を空間的に連続的に緩やかに変化させ、電磁波に対する時空間の歪みを人工的に生成させることで疑似的な重力の効果を発現できると考察。300GHz帯のテラヘルツ波に作用する「歪フォトニック結晶」を作製し、電磁波の伝搬方向を曲げることに成功したと共同で発表した。

同成果は、東北大大学院 工学研究科の北村恭子教授(2023年8月まで京工繊に在籍)と阪大大学院 基礎工学研究科の冨士田誠之准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する原子・分子・光学・量子などを扱う学術誌「Physical Review A」に掲載された。

誘電率と透磁率の双方を制御することにより、任意の屈折率の実現を目指す人工構造体として、「メタマテリアル」が知られている。同構造体により負の屈折が実現され、さらには海外の軍事企業などにおいて、光学迷彩(クローキング)も実現されつつあるとされる。

多くのメタマテリアルは、透磁率を制御するために電磁波の波長よりも十分小さなサイズの金属など、光の損失の大きな材料によって構成されている。それに対してフォトニック結晶は、異なる誘電率を有する2種類以上の材料から構成され、電磁波の波長程度の大きさの周期を有する構造を特徴の1つとする。その周期的な格子点配列が電磁波に対するフォトニックバンド構造を形成し、伝搬方向を制御することが可能だ。フォトニックバンド構造の高周波数側では新奇な伝搬の報告がされてきたが、その低周波数側は均一な媒質と同様な等方的な性質を有し、フォトニック結晶としての特徴に欠くため注目されてこなかったという。

電磁波の伝搬する方向は、レンズなどで変化させることが可能だが、時空間の歪み、つまり重力によっても曲げられることがわかっている。このようなことから、規則正しい電子の配列が緩やかに変化することで、電子に対する疑似的な重力効果が発現することが予測されていた。

そこで今回の研究では、規則正しい周期構造であるフォトニック結晶において、その格子点の位置を緩やかに変化させることで電磁波に対する時空間の歪を発現させ、疑似的な重力効果として電磁波の伝搬方向を曲げられる可能性に着目することにしたという。そして、均一な媒質と同様に等方的な性質が得られる低周波数領域において、フォトニック結晶の格子点を一軸に沿って、正方格子から長方格子状に緩やかに変化させた「歪フォトニック結晶」が考案された。

  • 歪フォトニック結晶と通常のフォトニック結晶の模式図

    歪フォトニック結晶と通常のフォトニック結晶の模式図。a(0)は正方格子フォトニック結晶における格子点の周期(格子定数)であり、歪フォトニック結晶ではその基本周期a(0)から、わずかに変化させる。平均的な誘電率を一定にするため、格子定数の変化に応じて、孔の大きさrも変化させる(出所:東北大プレスリリースPDF)

このような構造を微分幾何学的なアプローチから考察すると、格子点の配列の変化が格子歪として発現し、電磁波の伝搬の軌跡はその測地線を描くことが予測されるとする。そこで誘電体としてのシリコンに着目し、基本周期を200μmとすることで、300GHz帯のテラヘルツ波に対して動作する歪フォトニック結晶を作製することにしたという。

  • 実験の様子と歪フォトニック結晶における電磁波の伝搬のシミュレーション結果

    実験の様子と歪フォトニック結晶における電磁波の伝搬のシミュレーション結果。ポートAから入った電磁波は真っ直ぐ進むとポートBとCに等価に入る。歪フォトニック結晶では、その伝搬方向が曲げられ、ポートC側に伝搬する様子がわかる(出所:東北大プレスリリースPDF)

そして歪フォトニック結晶へテラヘルツ波が入力されたところ、伝搬方向の曲げに相当する出力結果が得られたとした。電磁界シミュレーションともよく一致したことから、歪フォトニック結晶による電磁波に対する疑似重力効果の実証に成功したといえるとした。

  • 実験結果

    実験結果。歪フォトニック結晶ではポートBと伝搬方向の曲げに対応するポートCでの出力の強度差が得られた(出所:東北大プレスリリースPDF)

今回の研究成果によって、規則正しい周期構造を基本として発展してきたフォトニック結晶に対し、格子歪という新しい概念を生み出すと同時に疑似重力効果が実現された。今後、重力場が電磁波に与える影響の検証など、基礎物理科学の発展への寄与が期待されるとする。

また、電磁波の伝搬を制御するデバイスの発展は、超大容量通信やセンシング技術の基盤技術となるという。これは、仮想空間と現実空間を高度に融合させ、経済発展と社会課題の解決の両立を目指すサイバーフィジカルシステムの実現において鍵となることが考えられるとした。今後、テラヘルツ波が携帯端末やドローン、自動運転、航空宇宙応用など、さまざまなシーンにおいて実装されることが見込まれるとしている。