東北大学は9月22日、表面と裏面で別の原子層を持つ2次元物質の「ヤヌス型遷移金属ダイカルコゲナイド」(ヤヌス型TMD)が、波長400nmの光の「第2高調波」(SHG)を発生することを検証するため、ヤヌス型TMDをヘテロ積層したところ、SHGを3倍に増強することを実験的に示したと発表した。
同成果は、東北大 学際科学フロンティア研究所のグエン・タン・フン助教、同・大学大学院 理学研究科の齋藤理一郎名誉教授に、海外の研究者も加わった国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するさまざまな分野の境界におけるナノサイエンスとナノテクノロジーに関する包括的な内容を扱う学術誌「ACS Nano」に掲載された。
波長の短いレーザー光源を得る手法として、半導体露光の光源などに広く利用されているSHGとは、物質の光に対する非線形応答を利用して、入射光の倍のエネルギー(半分の波長)の光を発生させる効果のことをいう。同効果を起こす条件として、空間反転に関して対称でない物質であることが必要だが、条件を満たす物質が限られていることが課題だった。
またTMDは、モリブデンやタングステンなどの遷移金属の原子層の上下を、硫黄やセレン、テルルなどのカルコゲンの原子層で挟んでサンドイッチ構造にした入手が容易な2次元物質だ。上下のカルコゲン原子層は一般的には同一の元素だが、それを異なるものにした場合は、表と裏の2つの顔を持つローマ神話の神にちなんでヤヌス型TMDと呼ばれる。同TMDは、ありふれた元素でできた物質でも空間反転対称でない物質を作り出すことができ、SHGを発生・増強できる点が大きな特徴だ。
これまで、高効率にSHGを発生する物質を設計することは、従来の2次元物質では容易なことではなかったとする。従来は、既存物質中からSHGを起こす物質を探索することが研究の中心だったが、2次元物質の合成技術の進歩と共により自由な物質設計が可能となり、反転対称性を持たない物質を比較的身近な元素を用いて合成できるようになった。また、それらの物質ではSHGも観測されており、その観測結果に基づいて、SHGをより強くするための物質設計指針が異なる観点から複数提案されているのが現状となっている。
異なる設計指針の組み合わせからは、非常に多くの物質の設計が可能で、それは長所であると同時に短所でもあった。そのため、物質群から最適なものを見出すべく、計算機を用いた物質設計・物性探索が必要なことが課題となっていた。そこで研究チームは今回、積層秩序と歪み工学を利用することにより、2次元材料のSHGを改善する新しいメカニズムを第一原理計算で実証し、反転対称性を持たない2次元物質の最適な積層方法を見出すことにしたという。
計算では、AB積層からヘテロ積層の方法を変えてAA積層とすることで、最大非線形感受率χ(2)が170pm/Vから550pm/Vへと、3倍以上も大きくなることが確認されていた。これは、AA積層では反転対称性が無いことが理由であり、この結果は実験的に定量的に再現でき、計算結果の信頼性が示されたという。
さらに非線形な応答を増強させるために、物質を20%歪ませることを計算機上で仮想的に行い、SHGが非常に大きな値になることが見出された。一般に2次元の固体の結晶を20%歪ませることは不可能だが、2次元物質の場合には面に垂直な方向の結合が無いために、ストッキングのように面内方向でも20%程度なら歪ませることが可能だ。今回は計算のみのため、今後、歪2次元ヤヌス型TMD物質を用いたSHGの実用化が期待されるとしている。
また今回のメカニズムと計算手法は、非線形光学に最適な材料を見つけるため、ほかの2次元材料に適用することもできるという。研究チームでは、より波長の短い領域でSHGを高効率で物質設計・探索することが、今後必要になってくると考えているとした。