【マルハニチロ】池見賢社長が語る「水産資源を確保して安定供給することが我々の使命。健康食である魚の魅力をもう一度」

魚が食べられなくなる?─。世界規模で水産資源の減少が課題となっている。そんな中でも水産最大手として「魚の良質な高タンパク源を提供する責務がある」と強調する池見氏。マルハニチロはスケソウダラの漁獲枠の取得やクロマグロの完全養殖なども進める。同時に、年間消費量が低迷する日本人に魚の魅力をもう一度訴求する取り組みも行っている。日本が誇る水産物を国内外にどう広げていくのか。

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水産資源を巡る〝異変〟

 ─ 1880年の創業から140年余が経ちました。長い歴史の中で足元では水産資源に大きな異変が起きていますね。

 池見 大変な異変が起きています。いま世の中で何が起きているかと言いますと、魚を含む水産物の価値が大きく変わってきているのです。

 世界的にも先進国での健康志向の高まりを背景に「魚食ブーム」が広がっています。魚は高タンパクですから、まさに健康食なのです。マグロやエビに加えてノルウェーなどのアトランティックサーモンも世界中で人気です。イギリスなどではタコやイカの消費量が増えています。

 更にESGの観点で言えば、生育でも魚は環境への負荷がものすごく低いのです。例えば、牛を育てて1キロの食肉を生産する場合と、魚を1キロ生産するのとでは、排出するCO2相当量が格段に違います。魚の方が圧倒的に少なく済むのです。

 ─ 健康食でもあり、環境への負荷も低いという点は水産物の長所ですね。

 池見 ええ。餌を与えたり、木を切ったりせずに済みますからね。ところが、その水産物を巡っては地球規模で課題も出てきています。それは、もうこれ以上、水産物が増えないという大変深刻な事態になっているということです。実際、天然の水産資源は恐らくもうこれ以上は増えないと思います。

 世界の水産資源のうち資源的に余裕がある魚種は約10%しかありません。天然資源のうち既に約3割は獲りすぎの状態で、6割以上は、これ以上獲ることができないと言われています。

 そして天然資源が増えない中で、世界でも比率が高まっているのが養殖です。養殖による水産量は一気に伸びているのですが、中でも中国で養殖される淡水魚が伸びているのです。

 そういう意味では、魚の世界の消費量と供給量が、ちょうど今はバランスしている時期なのではないでしょうか。世界の人口は現在約78億人で、10年後には90億人になると言われています。そして足元では世界で1人当たりの水産物の年間消費量は20キロです。

 ─ いつ水産資源が枯渇してしまうか深刻ですね。

 池見 はい。特に世界の1人当たりの水産物の年間消費量は、1980年代は11キロに過ぎませんでした。それが今は倍です。このまま人口増が続けば、単純計算すると、とてつもない水産資源が必要になってくるのです。

 ところが、それだけの水産資源を作り上げる能力が今の地球環境にあるかどうかと言えば、温暖化の影響などを考えても、かなり厳しいのではないかと思われています。ですから、我々にとっても、水産物をどう確保していくかというのが経営の最大のテーマとなっているのと同時に、我々がいま一番真剣に考えなければならないことだと思っています。

世界と日本の年間消費量の差

 ─ 今後も養殖に力を入れていかなければならないと。

 池見 そうですね。養殖に取り組んでいくと共に、当社が行っている取り組みとしては「細胞性水産物」があります。魚から採取した筋肉などの細胞を培養液に浸し、細胞を増やして魚肉を作る技術です。ただ、法制度などがまだ未整備ですので、安全性をどう担保していくかといった点では、まだ細胞性水産物は始まったばかりです。

 しかしながら、魚が健康食であるという価値を皆さんにもう一度理解していただきながら、その原料をきちんと確保して安定供給していくことが我々の使命です。その意味では、ビジネスモデルを再構築していかなければと思っています。特に日本人の魚の年間消費量は60キロから45キロに落ちていますからね。

 ─ 生産面でも消費の面でも異変が起きているのですね。

 池見 ええ。特に日本に関して言えば、日本独自の課題もあります。例えば、世界の生産量は徐々に上がってきているのですが、日本は1985年のピーク時の生産量が1200万トンでしたが、今は400万トンを割り込んでいるのです。

 この背景には資源管理に対する取り組みの違いがあります。多くの国では科学的なデータをきちんと取って漁船のオペレーションを制限したりしているのです。水揚げ量などの科学的なデータを集めて科学者が分析し、漁獲枠を設定して徹底的に管理しています。

 日本も国が管理したり、県や市などがエリアは限定されますが、管理しています。ただ、沿岸の小規模事業者の多くは基本的には自主管理になっています。ですから、国際連合食糧農業機関(FAO)も唯一日本だけは、10年後の水産物の資源量を測定したらマイナスになると発表しているのです。他の国はそれなりに増えているにもかかわらず、日本だけがマイナスになると指摘されているのです。

 ─ 管理の在り方も見直していかなければなりませんね。消費の面ではインバウンドで寿司が外国人に人気ですが。

 池見 もちろん、日本人も寿司は食べます。ですから、寿司の消費量は減っているわけではないのです。しかし、日々の消費量は減っている。それと缶詰だってあります。缶詰はESGの観点から見ても、こんな素晴らしい食べものはないと思うのです。

 もともと缶詰は港に揚がった魚のうち、鮮魚として出回る魚があります。しかし、鮮魚を食べられる1日分の量は限られます。どうしても余ってしまうわけです。その余った分を缶詰にしてきたのが昔からある缶詰のビジネスモデルの1つになります。

 ですから、新鮮な魚を缶詰にパックして丸ごと入れているわけです。つまり、魚の栄養素であるEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)を一滴も余さず含まれているということです。

 しかも、缶詰の缶の回収率も非常に高い。ゴミに棄てる場合に選別しますが、缶詰の缶の回収率は90%を超えています。ですから、缶は全て再生して使うことができているのです。ただ、今は先ほど申し上げたように、缶に詰める魚がないのです。

「サカナクロス」で価値を訴求

 ─ これをどこから解決していくべきか。養殖にしても投資額がかなりかかりますね。

 池見 その通りです。例えば当社が進めている陸上に人工的に創設した環境下で養殖を行う陸上養殖についても、それなりの広さの土地を手当てしなければなりませんし、生け簀などの設備に多大なお金が必要になります。日本の土地は高いのでなおさらです。それと、水質も一定管理しなければなりません。

 ですから、採算性という面においてコスト削減に注力しつつも、いかに適正価格で売るかが大事になっています。日本は少し苦しいですが、全世界には水産物の需要はあるわけです。したがって、世界に売るという発想にもなってくるでしょう。ただ、我々は日本の皆さんに魚の良質な高タンパク源を提供する責務があります。これを忘れてはいけないと思っています。

 ─ 魚の付加価値を伝える取り組みはありますか。

 池見 あります。我々は魚の多様な価値を発信し、可能性に挑み続けるための具体的なアクション1つひとつの取り組みを「SAKANA X(サカナクロス)─魚と、その先へ─」と総称し、様々な取り組みを行っています。改めて魚の価値を皆さんに知っていただくものです。

 例えば、昨年行った第1弾は「魚」×「スポーツ」という形で、当社がオフィシャルスポンサーを務めるプロバスケットボールクラブ「川崎ブレイブサンダース」の選手へのインタビュー記事をWebに掲載し、第一線で活躍するアスリートが実感する食の大切さや魚食の魅力について紹介しました。

 ─ もともと日本の食文化は魚が主でしたからね。では、今後の水産資源の確保をどのように進めていきますか。

 池見 まず我々が行っているのが海外の漁場の中でも資源管理がきちんとできている地域の漁獲枠を積極的に確保することです。

 外資規制の問題があって確保できる漁獲枠の比率などについては、いろいろな国によって違うのですが、例えば当社は2022年にアメリカのアラスカでスケソウダラの漁獲枠を取得しました。スケソウダラはすり身の原料になります。我々は同国の全体の取り扱い量の約27%まで扱えるようになりました。

 ただ、アメリカやヨーロッパでもそうですが、先進国の水産資源管理は非常に厳しいのです。翌年には漁獲枠を半分にしますと言ってくることも当たり前のようにあります。しかし、需要と供給のバランスで価格は変動するため、資源管理をしている地域で漁獲枠を確保することは、我々にマーケットの選択肢を持つことができることにもなりますし、サステナブル(持続可能)な資源管理にもつながっていきます。

クロマグロの完全養殖の今後

 ─ そうすると、そういった領域の機能強化を図っていかなければならないと。

 池見 そうですね。例えば、オーストラリアとニュージーランドの漁獲枠の確保など、水産資源へのアクセスを鋭意行っていくと。買い付けは競争になりますが、我々がきちんと独自に自分たちの取り扱える資源を掘り起こしていくことが重要です。これが1つです。

 そしてもう1つが先ほども申し上げた養殖です。養殖とは小さな魚を大きくすることです。ただそれでは、小さな魚の資源はしっかり確保できているのかという課題が出てきます。そこで人工孵化させた魚を親魚に育て、その親魚が生んだ受精卵を、孵化・稚魚・成魚まで育てる完全養殖にも取り組んでいます。

クロマグロの親魚を泳がせて卵を取り、そこから親魚になるまで育てる完全養殖に取り組んでいる

 ─ 実際にクロマグロで成功した実績がありますね。

 池見 10年に民間で初めて当社が成功させました。15年からは商業出荷も始めています。

 ただ、クロマグロの親魚を泳がせて卵を取り、そこから親魚になるまで育てるわけですから成長期間も長くかかりますし、コストもかかります。その期間も3年ちょっとです。それだけ資金が寝てしまうのです。ですから、それだけ魚価も高くなってしまうのですが、まだ日本の市場では、その価値が浸透していません。

 海外ではサステナブルという観点から価値を見出していただいていますので、コスト高の差額を「そういうことであれば」という理解があります。我々もそういった水産資源の価値をサカナクロスの取り組みなども取り入れながら、しっかり訴求していかなければならないと思っています。