東京大学と京都産業大学(京産大)の両者は9月8日、天の川銀河の中心から1~2光年にある、約2~50日周期で明暗の脈動現象を起こす「セファイド変光星」の金属量を計測し、銀河円盤の金属量勾配がほぼ一直線で表せることを明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 理学系研究科の松永典之助教、京産大 神山天文台の大坪翔悟研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。
宇宙には最初、水素、ヘリウム、リチウムなどの軽い元素しかなかったが、恒星の核融合や超新星爆発、中性子合体などのプロセスを経て、それぞれの銀河における金属量(天文学では、ヘリウムよりも重い元素のことを「金属」と呼ぶ)が増加する進化が起こっていった。
多くの星が誕生し、多くの重元素が生成・放出されるほど、その進化は早く進むことになる。そのため現在の金属量は銀河ごとに異なり、さらに同じ銀河内でも場所によって差がある。天の川銀河においても、中心に近い星ほど重元素を多く含む。これは、中心領域ほど多くの星が誕生し、そして多くの超新星爆発なども生じて重元素を含むガスが撒き散らされてきたからだ。
星はその一生において、銀河内での中心からの距離が大きく変わることも多い。内側で生まれた金属量の高い星が外側にあったり、その逆の移動をした星が観測されている。そのため、生まれてから移動する時間がまだ短い若い星の方が、はっきりとした金属量勾配を示すという。
セファイド変光星はそのような若い星の代表で、内側から外側へと金属量が下がることがわかっていた。しかし従来は、星間物質による減光の影響を受けてしまう可視光を用いていたため、中心からの距離が2万光年以遠のものしか分光観測できていなかった。そこで研究チームは今回、その減光が比較的小さい赤外線を用いることにしたという。
今回の観測では、チリ・ラスカンパナス天文台のマゼラン望遠鏡(口径6.5m)に設置された近赤外線高分散分光器「WINERED(ワインレッド)」が用いられた。同分光器は、東大と京産大の共同プロジェクト「赤外線高分散ラボ」で開発が続けられており、900~1350nmの近赤外波長域において、ほかの分光器よりも効率よく信号を検出して高感度で分光スペクトルを得ることが可能だ。
観測は2023年6月に行われ、中心から1~2万光にある16個のセファイド変光星のスペクトルが取得された。これらの星は可視光なら1万分の1以下から1000億分の1以下になるような強い減光を受けており、赤外線でなければ今回の研究に必要なスペクトルは得られなかったとする。
取得されたスペクトルでは多くの元素の吸収線が確認され、今回は30本の鉄の吸収線を利用して金属量が測定された。その結果、ほぼすべての星が太陽の1~2倍の金属量を持つことが判明。さらに、銀河中心に近いセファイド変光星ほど金属量が高いという、勾配も確認された。既知の中心から2万光年以遠の同変光星の金属量勾配を、そのまま直線状に内側に伸ばしたようなシンプルな傾向が得られたとした。
中心に近い領域ほど化学進化が進みやすいため、中心部に向かって金属量の高い勾配が現れることはそれほど予想外の結果ではないという。しかし実際には、重元素の増えたガスが超新星爆発などで吹き飛ばされたり、円盤の外から金属量の低いガスが落ちてきたり、外部とのやり取りが起こりながら化学進化は進む。円盤の広い範囲が単純な金属量勾配を持つに至った天の川銀河の進化がどのようなものだったのか、今後の理論的研究における重要な課題を与える観測成果とした。
なお、研究チームの過去の赤外線撮像探査で発見された中心近くの4個のセファイド変光星は、今回の金属量勾配とは外れていることが確認された。これらの星は、中心から1000光年以内に局在する恒星系「銀河中心核円盤」に付随している。この中心領域と1万光年よりも外側では異なる化学進化が起こってきたと考えられ、今回の研究では中心核円盤の進化については新たな知見は得られなかったとした。
また、最近の10年ほどで大きく進んだ変光星探査では、差し渡し10万光年超の銀河円盤の広範囲にある数千個のセファイド変光星が発見されている。今後、WINERED分光器などを用いてそれらの金属量を測定することで、天の川銀河全体の進化を調べることが可能となるという。
さらに、鉄以外の重元素の組成も詳しく調べることで、どのような天体現象(恒星質量の異なる各種の超新星爆発や中性子星合体など)が、重元素合成に寄与してきたかを推定できるとする。それにより化学進化の理論モデルの精度を高め、銀河円盤全体での金属量勾配を説明するような銀河進化のシナリオを描き出すことが期待されるとした。