東北大学は8月31日、意思決定が、その意思決定と関連のない運動行為(実際には、眼球運動と手の到達運動)にどのような影響を与えるのかを研究し、その結果、今回の実験対象のうち眼球運動が意思決定の影響を受けることを明らかにしたことを発表した。
同成果は、東北大大学院 情報科学研究科の松宮一道教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の生物学を扱うオープンアクセスジャーナル「Communications Biology」に掲載された。
意思決定は、五感からの外界情報を集約してそれを基に自らが取るべき行動や考えなどを決定することであり、ヒトが日々活動するに際して不可欠な認知プロセスだ。しかし、誰でも自分自身のそのプロセスを想像することはできても、第三者が見ることはできないため、どうすれば可視化できるかが意思決定についての研究で明らかにすべき大きな課題の1つとなっているという。
意思決定を可視化できれば、ヒトが次に何をしようとしているのか、何を考えているのかを先読みしてその支援をしたり、間違えたことをしようとしているのならそれを防いだりすることが可能となる。具体例を挙げれば、メンタルケア支援、認知症ケア支援、犯罪予防などに役立つと考えられるとする。
脳の中のプロセスとして、通常は心の中で形成された意思決定に基づいて運動行為が計画され、そして実行される。たとえば、視覚情報に基づいてどこに視線を向けるかを決定した後、眼球運動が実行されるという具合だ。そのため、従来の研究では意思決定と関連のない運動行為は、その影響を受けないと考えられていた。たとえば、視覚情報として提示された選択肢の中から好みのものを1つ選んでおいても、その選択したものと無関係なところに視線を向けるような場合は、その運動行為は意思決定の影響を受けないと考えられていたという。
そうした中で研究チームは今回、視覚に基づく意思決定から連続的に影響を受ける眼球運動と手の到達運動に着目することにしたとする。そして、それらの運動が直前に行った意思決定課題と関連がない場合に、その意思決定の影響をどのように受けるのかを調べることにしたという。
過去に行われた従来の実験では「運動時の意思決定」が調べられていたが、今回の実験ではその論理を逆にして「意思決定時の運動」が調べられることとなった。具体的には、視覚運動刺激の運動方向判断の意思決定を行っている間に、その意思決定と関連がない眼球運動と手の到達運動が行われ、それらの運動の反応が計測された。
意思決定あり条件では、実験参加者は視覚運動刺激の運動方向を判断する意思決定課題が行われ、その間にその刺激の運動方向判断と関連がない眼球運動と手の到達運動が行われた。意思決定なし条件では、実験参加者は視覚運動刺激を観察するが、その刺激の運動方向を判断する必要はなかったという。つまり、眼球運動と手の到達運動が直前に行った意思決定課題と関連がなくても、眼球運動だけが意思決定の影響を受け、手の到達運動は意思決定の影響を受けなかったことがわかったのである。
また横軸に視覚運動刺激の運動方向判断の難易度を取り、縦軸に眼球運動と手の到達運動の反応時間を取ったグラフが作成され、今回の実験対象のうち眼球運動だけが意思決定あり条件で運動方向判断の難易度に影響されていることが確認された。
今回の研究は、今回行われた実験対象のうち、眼球運動だけが意思決定と強い結びつきがあることが示されているとする。たとえ意思決定と関連のない、眼球運動や手の到達運動といった複数の運動行為を実行している時でも、意思決定の信号が連続的に眼球運動システムに流れていると考えられるという。そのため、眼球運動からリアルタイムに目に見えない心の中の意思を推定できる可能性が示唆され、眼球運動が意思決定の読み出しに適した運動行為であることが考えられるとした。
今回の実験では、視覚運動刺激の運動方向を判断する自覚的な意思決定を用いて実験が行われたが、意思決定には無自覚なプロセスも存在する。今後の実験では、この無自覚なプロセスを眼球運動から抽出できるかを明らかにしていく予定とした。