今年の夏の暑さは異常だ――そう感じているのは筆者だけではないだろう。もちろん夏は毎年暑いのだが、ここまで外に出るのが億劫になったのは初めての経験かもしれない。
ウェザーニューズによると、2023年の夏(7月~9月)の平均気温は全国的に平年より高くなることが予想されており、まさに名実ともに「暑い夏になる」という。実際にニュースでは「災害級の暑さ」「危険な暑さ」という言葉も飛び交っている。
そんな「危険な季節=夏」だが、やって来るのを心待ちにしていた人も少なくないのではないだろうか。かく言う筆者もその一人だ。
今年は新型コロナウイルスが第5類に引き下げられたことを受け、さまざまな夏の催しが再開する年となった。7月29日には隅田川花火大会が4年ぶりに開催され、過去最多となる100万人を超える人が集まった。また、新型コロナウイルスの流行後、初めて規制なしの海開きを実施した地域も多い。
きっと今年は例年以上に楽しい夏になるだろう。その時にどうしても筆者としては忘れられないものがある。「ビール」だ。
ビールは夏の季語に設定されているほど、夏と相性の良い飲み物だ。先に挙げた花火大会や海水浴でもビールを楽しみたいという人は多いだろう。
今回は、そんなビールの中でも今年4月に発売されてから好調に販売量を伸ばしている「サントリー生ビール」のブランド担当者であるサントリー ビールカンパニー マーケティング本部 イノベーション部の竹内彩恵子氏に、その好調の要因と独自のマーケティングの裏側を聞いた。
目指すは『明日への活力になるような存在』
サントリー生ビールは、2023年4月に発売が開始されたばかりの新商品で、「すべての人の一日の終わりをねぎらい、生きる力を後押しする『これからの時代のビール』」として開発された。
企業名を冠したシンプルなネーミングが特徴のこのビールだが、発売3カ月で200万ケースを超える販売数量を達成した。この好調を受けて、7月5日には2023年の販売計画を300万ケースから、当初計画の約1.3倍にあたる400万ケースに上方修正することも発表しているほどの売れ行きだ。
なぜ、「サントリー生ビール」は予想を大幅に上回る数量を販売することができたのだろうか。その要因について、竹内氏は次のように語る。
「私たちが考える好調の要因は『今を生きる全ての人を応援したいという分かりやすいメッセージ』『昨今の飲み方の変化を捉えた味わい』『シンプルかつ斬新なパッケージデザイン』という3点です。そしてこれら3つを実現するために、今までの開発手法に捉われない開発プロセスで、今までは直接会話できていなかったビールユーザーの飾らないリアルな声を調査できたことが好調の要因につながっていると考えています」(竹内氏)
普段、市場調査を行う際は調査会社に依頼することが多いそうだが、それでは一部の人の意見しか反映できず、偏りが出てしまうことに課題を感じていたという。
そこで、ビールがどんな存在であってほしいのかというリアルな声を調査すべく、試作品を持って大阪の町工場まで出向き、人々の暮らしに密着したビールのニーズ調査が行われた。
加えて、普段は感想などをなかなか聞くことができない若い層の意見を集めるため、早稲田大学のゼミに1年間通い、大学生たちと対話を繰り返すことによって、よりリアルな声を聞くことに成功したそうだ。
先に挙げた「すべての人の一日の終わりをねぎらい、生きる力を後押しする『これからの時代のビール』」というコンセプトも、この調査で得た「ビールを飲む時は、いいことがあっても、なくても、今日が無事終わることを確認するとても大事な時間」という意見を参考に考えられた。
「今までのビールのイメージは、『自分へのご褒美』というコンセプトを設定している場合が多くありました。しかし、リアルな声を聞いてみると、ビールを飲む時は、良い時ばかりではない、ということが分かったのです。仕事で失敗してしまった時や、何もせずゴロゴロしてしまった1日でも、明日からまた頑張ろうと気持ちをリセットする意味合いでビールを選ぶという方がたくさんいました。サントリー生ビールが目指すのは、そんなさまざまな毎日の暮らしに寄り添い、『明日への活力になるような存在』になることです」(竹内氏)
パッケージデザインに「脳科学」も活用 店内で目を引く斬新なデザイン
竹内氏が好調な販売を牽引する要因の一つとして挙げた「シンプルかつ斬新なパッケージデザイン」には、その開発に「脳科学プログラム」も活用されている。
「お客様のほとんどは、新しい商品を手にする時、棚に陳列された商品のデザインなどの見た目の雰囲気で選ばれています。もちろんテレビのCMや商品の口コミを見て気になった方もいらっしゃるでしょうが、大半の方は商品を手に取ってからCMやクチコミを思い出されると思います。つまり、私たちは、お客様が店頭であらゆる商品に囲まれた際、目に留まる存在になれるのかということを考える必要があるのです」(竹内氏)
そこで、顧客の目を引くデザインにするため、デザインの視認性・注目性の高さを「色合い」「コントラスト」などの観点で客観的に分析・評価するコニカミノルタ開発の「脳科学プログラム」を活用することで、「SUNTORY」と「生」という文字が目立つ記憶に残るパッケージを完成させることに成功したという。
この「生」という文字にこだわったのも、調査から得られたリアルな声がきっかけとなっている。
「調査で『味わいを細々と言葉で書くのは新ジャンル。ビールの缶デザインはシンプルで多くを語らず堂々としている印象』という声をいただきました。最初は、味わいの特徴である『トリプルデコクション製法』の説明や、グッとくる飲みごたえと、かつてない飲みやすさを追求していることを訴求しようと思っていたのですが、この言葉でハッとさせられ、当初の予定よりもシンプルなデザインにすることにしました」(竹内氏)
最後に、竹内氏に今後の展望を聞いた。
「私は元々製菓メーカーの商品開発部門で働いており、2020年にサントリーへ入社しました。前職で主に担当していたのはチョコレート系のお菓子だったのですが、ビールと違って毎日同じ商品を購入する人は少ない業界だったので、サントリーに入社して最初はその『ビールは相棒』と考えてくださっているお客様の熱意に負けない商品を作れるかという不安もあったことを覚えています。また、ビールは一度自分の中で好きなブランドを決めてしまうとなかなか違うものに手を出しにくい商品とも言われています。それだけ多くの人を虜にするビールという商品に関われていることを誇りに思いますし、熱い気持ちを持ってビールに向き合ってくださっているお客様の気持ちに応えられるよう、サントリー生ビールを定番銘柄にして、長く愛していただける商品にしていきたいです」(竹内氏)