東北大学、名古屋大学(名大)、ファインセラミックスセンター(JFCC)、高輝度光科学研究センター(JASRI)の4者は8月4日、大型放射光施設「SPring-8」で全視野結像型透過X線顕微鏡(TXM)-X線吸収微細構造(XAFS)測定の持つ空間分解能および視野サイズと薄膜型全固体電池の断面スケールが適合することに注目し、その充放電過程における正極-電解質-負極層の化学状態変化を同一視野内で丸ごと可視化することに成功したと共同で発表した。

同成果は、東北大 国際放射光イノベーション・スマート研究センターの石黒志助教、同・高橋幸生教授、同・大学大学院 工学研究科の戸塚務大学院生(研究当時)、同・上松英司大学院生、名大大学院 工学研究科の入山恭寿教授、JFCCの山本和生主席研究員、JASRI 放射光利用研究基盤センター 分光推進室 動的分光イメージングチームの関澤央輝主幹研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するエネルギー変換と貯蔵に関する学際的な分野を扱う学術誌「ACS Applied Energy Materials」に掲載された。

次世代のバッテリーとして期待される全固体電池だが、充放電サイクルの繰り返しによる電極のクラックや不活性層の発生、電極・固体電解質界面での大きな界面抵抗など実用化に向けて解決すべき課題が依然として残されている。そこで現在は、サイクル寿命に優れ、均一な積層構造を持つ薄膜型全固体電池をモデル試料とし、たとえば走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いた電子エネルギー損失分光法(EELS)などの顕微鏡と分光法を組み合わせた観察による研究が進められている。

しかしSTEM-EELS測定も課題がいくつかあるという。まず、試料を電子線が透過する厚さ100ナノメートル(nm)以下まで薄くする必要がある点。また、一度に分析できるのが試料の局所領域に限られており、数十マイクロメートル(μm)の薄膜全固体電池試料の断面全体の反応変化を1回の観察で詳細でかつ総合的に可視化することは困難だったことでこれまで実現されていなかったとする。

そこで研究チームは今回、比較的高い空間分解能を維持しながら各構成要素を個別に分析できるだけでなく、厚い試料全体を同時に観察しながら各元素の反応・劣化挙動を分析することが可能な放射光を用いた顕微分光イメージング法のTXM-XAFS測定を薄膜型全固体電池試料に適用することにしたとする。

今回の試料には、50μm厚の固体電解質「Li1+x+yAlxTi2-xSiyP3-yO12」(以下「LATP」)シート上に、1.41μm厚のコバルト酸リチウム(以下「LCO」)を正極層、1.15μm厚の三モリブデン酸二鉄(以下「FMO」)を負極層として積層させたものが用いられた。

今回は、薄膜電池試料の断面から正極・固体電解質・負極の積層構造の観察を行ったとする。硬X線は透過力が高いが、薄膜電池そのままでは断面方向の光路長が長すぎることから、集光イオンビーム加工装置を用いて事前に薄膜電池の観察領域を電池の機能を損なわないよう、注意深く18~20μm幅に切断加工したという。その幅が断面方向から観察した時そのままX線の光路長となるとした。

この加工された試料の充放電状態を段階的に可変させながら、TXM-XAFSのオペランド計測が、Co K吸収端(7.7keV付近)およびFe K吸収端(7.1keV付近)で実施された。TXM-XAFS測定では直径60μm程度の視野サイズを同時に~100nmの空間分解能で観察することが可能だ。今回の場合、薄膜電池試料の厚さのスケールとマッチしており正極・負極の構造を同一視野で観察可能ということになるとした。

  • XM-XAFS測定用に加工された全固体電池試料の概略図とその電子顕微鏡写真

    TXM-XAFS測定用に加工された全固体電池試料の概略図(左上)と、その電子顕微鏡写真(左下)。TXM-XAFSで撮影された全固体電池断面の吸収像(右)(出所:名大プレスリリースPDF)

さらに、試料吸収像の各ピクセルから、空間分解Co K端XAFSおよびFe K端XAFSスペクトルが抽出されることになった。そして充放電の状態(SOC)を変えながら、それぞれ充放電中での正極、負極の断面内での化学状態とその分布変化の観察に成功したとする。

充電過程において、正極LCO層ではLiイオンが固体電解質側へ脱離していき、それに伴ってCoが酸化、Co K端XAFSスペクトルのピークが高エネルギー方向に移動していった。負極FMO層では、Liイオンが挿入されていき「Li2Fe2(MoO4)3」(以下「LFMO」)相に変わっていった。

今回の観察では、正極LCO相では、SOCに応じてLATPとの界面からの距離に対してほぼ均一にCo酸化が進行する一方、負極FMOはLFMO相がLATPとの界面から200nmのところで優先的に変化していく様子が見られたとする。放電過程でも、正極LCO相の断面内変化は均一に進む一方、負極層ではLATP界面から近い方から優先的にLiイオンが抜ける様子を捉えることに成功したという。この結果は、特に負極と固体電解質との界面にLiイオン移動を阻害する要因があることを示唆しているとした。

  • 充放電過程における正極LCOのCo K端XAFSスペクトル変化と、負極FMOのFe K端XAFSスペクトル

    充放電過程における正極LCOのCo K端XAFSスペクトル変化(左上)と、負極FMOのFe K端XAFSスペクトル(左下)。空間分解XAFSスペクトルから解析された、充放電過程における電極内のCoおよびFe化学状態分布の変化(右)(出所:名大プレスリリースPDF)

TXM-XAFS法のような広域測定、電池全体の詳細かつ総合的な観察を通して、充放電に伴う化学状態の変化や劣化についての理解が進み、電池性能向上への貢献が期待できるとしている。