京都大学(京大)と科学技術振興機構の両者は8月4日、青色LEDによる光照射下において環境負荷の少ない有機触媒を2つ組み合わせることで、これまで実現困難とされてきた電子豊富な芳香族化合物のベンゼン環上の「メタ位」(注目する置換基に対して隣の隣の位置)に選択的な、「アシル化反応」の開発に成功したことを共同で発表した。
同成果は、京大 化学研究所の大宮寛久教授、金沢大学大学院 医薬保健学総合研究科の後藤大和大学院生(大宮研究室所属)らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の化学および材料合成に関する全般を扱う学術誌「Nature Synthesis」に掲載された。
遷移金属触媒を用いて、電子供与性基の置換した電子豊富な芳香族化合物のメタ位に有機基を導入する化学反応の研究開発が精力的に行われている。しかし、反応に利用できる原料に制限があることで、作り出せる芳香族化合物のバリエーションが乏しい状況だという。また、触媒として金属塩を必要としていることから、より環境への負荷の少ない化学反応が求められていた。
そこで研究チームは今回、青色LEDによる光照射下において環境負荷の少ない有機触媒を2つ組み合わせて活用することで、カルボン酸誘導体を用いた電子供与性基の置換した電子豊富な芳香族化合物のメタ位選択的なアシル化反応の開発を試みることにしたという。
今回の研究の成功の鍵は、「N-ヘテロ環カルベン触媒」(NHC触媒)と有機光酸化還元触媒それぞれの触媒サイクルを協働的に機能させることで、望みのラジカル反応を意図的に制御した点にあるとする。
有機光酸化還元触媒(PC触媒)が可視光を吸収して、高エネルギー状態(PC触媒)に変化。そしてこのPC触媒は、電子豊富な芳香族化合物から1電子を受け取り、カルボン酸誘導体とNHC触媒の反応から得られる「アシルNHC中間体」に1電子を渡す。このアシルNHC中間体は、1電子を受け取ると「ケチルラジカル」となる。
一方、「カルボン酸誘導体」とNHC触媒の反応において、カルボン酸誘導体から脱離した「アゾリドアニオン」が、1電子を奪われた電子豊富な芳香族化合物由来の「ラジカルカチオン」と反応し、「アルキルラジカル」を与える。こうして、これら反応系中に発生した2種類の異なるラジカル、ケチルラジカルとアルキルラジカルが反応することで、電子供与性基の置換した電子豊富な芳香族化合物のメタ位にアシル基が導入されるのである。
量子化学計算を用いて、メタ位選択性の発現機構の解明が試みられた。PC触媒に1電子を奪われることで生成されるラジカルカチオンの電荷密度が求められたところ、電子供与性基のパラ位(4C)のカチオン性が高く、アゾリドイオンとの反応点になることが判明。電子供与性基の付け根(1C)の反応性も高いが、反応点周りが立体的に混み合った環境のためアゾリドイオンとは反応しないという。
また、アゾリドアニオンが、ラジカルカチオンと反応することで得られるアルキルラジカルのスピン密度が求められた結果、電子供与性基のメタ位にスピンが集積しており、ケチルラジカルとの反応点になることも明らかにされた。それに加え、すべての反応経路の量子化学計算により、N-ヘテロ環カルベン触媒と有機光酸化還元触媒それぞれの触媒サイクルが協働的に機能していることもわかった。
今回の手法は、(1)容易に入手可能で単純かつ電子豊富な芳香族化合物を利用できる、(2)穏和な反応条件で実施できる、の2点から官能基許容性に優れているという有機合成化学的な利点を持つとする。これにより、これまで困難だった60種類以上の芳香族化合物を作り出すことに成功したという。さらに、分子内に多数の官能基を有する複雑な医薬品や天然物のアシル化反応も実現された。今回の反応では、完璧なメタ位選択性が発現し、オルト位やパラ位選択的性の生成物はまったく得られなかったとする。つまり、それら位置異性体を分離する煩雑な作業を必要としないとした。
19世紀後半に発見された最も基本的な化学反応の1つに「フリーデル・クラフツ反応」があるが、今回の成果はこれまで誰も到達できなかった、アンチ・フリーデル・クラフツ反応を開発することができたとした。
また今回の成果は、有機触媒を分子レベルで設計・操作することでラジカル反応を意図的に制御し、有機合成反応における新たな設計指針を打ち出したといえるという。これまで到達困難だった芳香族化合物を迅速かつ高効率で供給することができ、医農薬や化学材料を組み上げる強力な有機合成技術になるとした。そして、光エネルギーと希少価値の高い金属元素を含まない有機触媒を利用しているため、環境に優しい合成技術として持続可能な社会の実現に貢献することも期待されるとしている。