メタンロケット競争に軍配

今回の朱雀二号の成功は、いくつもの世界初、中国初を樹立する、歴史的な出来事となった。

世界初の液化メタン/液体酸素ロケットの打ち上げ成功

前述のように、メタン燃料は次世代のロケット燃料と目され、世界中で活発に開発されている。今年3月には、米国のレラティヴィティ・スペースが「テラン1」ロケットを打ち上げるも軌道投入には失敗し、4月には同じく米国のスペースXが「スターシップ」を打ち上げるも、宇宙に到達する前に失敗に終わっている。

また、米国ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の「ヴァルカン」、ブルー・オリジンの「ニュー・グレン」もメタンを主成分とする液化天然ガスを使うが、ともに開発が遅れており、まだ打ち上げに至っていない。

こうした中、朱雀二号は、世界で初めてメタンロケットとして軌道への到達に成功した。

史上最大のロケットであるスターシップはもちろん、ヴァルカンもニュー・グレンも朱雀二号より大型のロケットであり、単純な比較は難しい。また、宇宙開発競争における月面着陸とは違い、先にそれを成し遂げたからといって単純に勝敗が決するというものでもない。

しかし、メタンロケットによる初の軌道到達が、中国によって、それもほんの数年前まで存在すらしていなかった民間企業によって成し遂げられたということは、今後の世界の宇宙開発の行く末や勢力図を占ううえで重要であり、あるいは将来、歴史を振り返ったときに、時代の転換点となったエポックメイキングな出来事として記録されることになるかもしれない。

  • 朱雀二号の打ち上げの様子

    朱雀二号の打ち上げの様子 (C) LandSpace

中国の民間ロケットで最大

藍箭航天はまた、この打ち上げ成功によって、中国の民間宇宙企業の中で確固たる地位も確立した。

中国の民間企業のロケットが軌道に到達したのはこれが初めてではない。2019年には、北京星際栄耀空間科技(星際栄耀)が「双曲線一号」ロケットにより、中国の民間企業として初めて衛星の打ち上げに成功し、2020年には「星河動力」が「谷神星一号」ロケットの打ち上げに成功した。2023年4月には、天兵科技が「天竜二号」ロケットの打ち上げに成功している。

ただ、これらのロケットは地球低軌道や太陽同期軌道に数百kgの打ち上げ能力しかもたない超小型ロケット(マイクロローンチャー)であった。こうした中で、朱雀二号は地球低軌道に4t、太陽同期軌道に1.8tと、まさに桁違いの打ち上げ能力をもつ。

ロケットが大きいことが必ずしも偉いというわけではないが、技術面や開発費の面で難しいことは間違いなく、とくに一から研究・開発や施設設備の構築、人材集めをしていかなくてはならないベンチャーにとっては、ロケットの大きさはそのまま難しさの度合いになるのもたしかであろう。

もっとも、先行した他の企業も、より大きなロケットや再使用型のロケットなどの開発を行っており、それぞれが追う立場であり追いかけられる立場でもある競争となっている。

さまざまな“中国初”

藍箭航天によると、朱雀二号はさまざまな“中国初”も達成したという。

たとえば、ロケットエンジンのノズルに初めてレーザー溶接技術を適用したことで、従来の溶接技術と比較して、ノズルの生産サイクルの大幅な短縮、生産コストの削減、またノズル溶接の自動化とプロセスの安定性の向上を達成したとしている。

また、メタン燃料を採用したこともあり、ロケットのタンクを燃料で自己加圧する技術も中国で初めて実用化できたという。

さらに、極低温を使う液体ロケットとしては、初めて無人での遠隔測定・制御発射機能を取り入れ、打ち上げ時の安全性の向上や、故障や点火異常時における後処理の安全性も大幅に向上したとしている。

このほかにも、配管のバルブやシール、エンジンのジンバル(首振り)機構の小型軽量化、高性能化、品質向上も果たしたとしている。

  • 組み立て中の朱雀二号

    組み立て中の朱雀二号 (C) LandSpace

今後の展望

藍箭航天はまた、より大型のロケットの開発構想も明らかにしている。

現在、具体的に開発が進んでいるのは「朱雀二号A」というロケットで、朱雀二号を少し大型化し、太陽同期軌道に4.3t、静止トランスファー軌道に2.4tの打ち上げ能力をもつようになるという。

また、メタンを使っていることからある意味では当然ではあるものの、再使用ロケットの開発構想もある。

さらに、朱雀二号Aにブースターを2本取り付けた「朱雀二号B」や、4本取り付けた「朱雀二号C」という大型ロケットの構想もあり、Bは静止トランスファー軌道に6.7t、Cは14tを打ち上げられるようになるとしている。

興味深いことに、朱雀二号Bの打ち上げ能力は、中国国有の宇宙企業、中国航天科技集団(CASC)が運用する主力ロケット「長征七号」と、またCは同じくCASCの「長征五号」とほぼ同じである。こうしたことから、米国でスペースXのロケットが、「デルタ」や「アトラス」といった旧来からの主力ロケットから打ち上げ受注をかっさらったのと同じ、下剋上を狙っていることがうかがえる。

はたして藍箭航天や他社らが、“中国版スペースX”と呼べる存在になれるかどうかは未知数である。大前提として、ロケット開発は難しく、ビジネスとしてリスクが大きい。米国でも1990年代以降に、現在の中国のように多数の宇宙ベンチャーが立ち上がったが、いまも生き残っているのはスペースXをはじめごくわずかしかない。

また、他国の市場への参入はやや課題があり、たとえば米国はITARという輸出管理制度を設けているため、米国製衛星を中国から打ち上げことは事実上不可能である。

ただ、欧州などから米国製部品を使わない(ITARフリー)衛星が販売されている。また中国製のロケットと衛星をセットで販売するという方法もあり、すでに大型衛星の分野で一定の成果を出している。そのため、国外への進出、市場参入が不可能というわけではない。また、中国国内の衛星ビジネスも育ちつつあり、その人口の多さから潜在的な顧客も多いため、中国国内だけでもかなりの打ち上げ需要が見込める。

国営企業が牛耳っていた中国の宇宙開発の勢力図は、ここ数年で塗り替わり始めている。そして今回、世界初のメタンロケットの打ち上げ成功により、ついに中国が、それも民間企業が、米国よりもある技術で先を行くという出来事が起きた。この勢いが維持されるならば、藍箭航天など“中国版スペースX”のような企業へと成長し、そして本家スペースXを食らうほどの、世界を代表する宇宙企業へと存在に成長する可能性もあるだろう。

  • 朱雀二号と藍箭航天の社員たち

    朱雀二号と藍箭航天の社員たち (C) LandSpace

参考文献

https://www.landspace.com/news-detail.html?itemid=35
https://www.landspace.com/news-detail.html?itemid=34
https://www.landspace.com/product.html?mao=1