京都大学(京大)は7月27日、正電荷を持つリン原子と負電荷を持つ炭素原子が隣り合った構造を持つ化合物「リンイリド」と2種類の「アルケン」を炭素-炭素結合形成反応によって逐次的に連結し、医薬品などの合成に有用な「1,4-ジカルボニル化合物」を迅速に供給する新しい手法を開発したと発表した。

  • 今回の研究のイメージ。連続光触媒反応によるリンイリドと2種類のアルケンの分子連結。

    今回の研究のイメージ。連続光触媒反応によるリンイリドと2種類のアルケンの分子連結。(出所:京大プレスリリースPDF)

同成果は、京大大学院 薬学研究科の松本晃特任助教、同・前田夏実技術補佐員、同・丸岡啓二特任教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

複雑な構造を有する医薬品を合成する場合、結合形成反応を何度も繰り返しながら複数の構成要素を1つずつつなげていく必要がある。そのため、その過程で費やされる時間や労力をいかに削減できるかが重要だ。そのような観点から、連続反応によって複数の分子を簡便かつ迅速に連結する手法が求められている。

上述した連続反応を実現するため、さまざまな分子連結素子が開発されている。分子連結素子は、一連の反応が1つの反応容器中で進行するため、中間体の単離・精製といった過程を経ることなく、効率的に複雑な骨格を持つ最終生成物の分子を得られることが特徴だ。

  • 分子連結素子を用いた連続反応。

    分子連結素子を用いた連続反応。(出所:京大プレスリリースPDF)

しかし、これまでに報告された分子連結素子の大半は、結合形成の過程で高い反応性を有する有機金属化学種を用いる必要があり、それらと反応してしまう官能基を使えないことや、一般に不安定な有機金属試薬の取り扱いに専門的な知識と技術を要することなどが課題となっていた。そこで研究チームは今回、その課題を克服するため、反応性化学種の1つであるラジカルを利用する連続反応に着目したという。

ラジカル種は、従来から合成反応で広く利用されてきたイオン種や有機金属化学種とは異なる反応性・選択性を示すことが解明されつつある。今回の反応では、穏和な条件下でラジカル種を発生させる手法として、再生可能エネルギーである可視光を駆動力とする光レドックス触媒が使用された。

まず目的の連続反応の開発に先立ち、これまでラジカル的な挙動があまり知られていなかったリンイリドの、光レドックス条件下における反応性が調べられた。すると、以下の2点の実験結果を得られたとする。

  1. ホルミル基を持つリンイリドに光レドックス触媒を作用させると、求核的な性質を有する炭素ラジカルが発生し、これが電子不足アルケンに付加することで中間体が与えられた。

  2. 得られた中間体に対し、シュウ酸と共触媒を加えた上で同様の光レドックス触媒を作用させると、リン原子を含む部位の脱離を経て求電子的な炭素ラジカルが発生し、これが電子豊富アルケンに付加することで目的物が与えられた。

  • 今回開発された連続反応。

    今回開発された連続反応。(出所:京大プレスリリースPDF)

研究チームによるとこれらの結果は、用いたリンイリドが求核性および求電子性という二面性を持つ炭素ラジカルとして振る舞うことで、性質の異なる2つのアルケンをつなぎ止める役割を果たすことを示すという。

そこで、上述の結果をもとに反応条件を精査し、前出の2つの反応を1つの反応容器内で逐次的に進行させる条件への最適化を行い、リンイリドを新たな分子連結素子とする連続ラジカル反応が達成されたとする。

研究チームは、今回実現された反応について、有機金属化学種によって損なわれてしまうような反応性の高い官能基も適用できることから、従来法とは一線を画す幅広い基質適用性を示すとしている。また、得られる生成物は天然物などの合成における鍵化合物として知られる1,4-ジカルボニル化合物であり、種々の化学反応を施すことで多様な誘導化を行えるとする。実際に、今回の手法で得られた生成物から医薬品に含まれるさまざまな複素環骨格を構築することで、その有用性が確認されている。

今回開発された反応を用いることで、入手しやすい出発物から医薬品合成に有用な化合物を効率的に得ることができる。また、従来法をはるかに凌ぐ高い官能基許容性は、これまで合成が困難だった多様な類縁体の供給にもつながることから、創薬研究における医薬品探索の高速化への貢献が期待できるとする。

さらに学術的な観点から見ると、70年もの間利用されてきた合成試薬であるリンイリドの新たな反応性が明らかにされたことの意義も大きいという。研究チームは今後、今回得られた知見をもとに、ラジカル反応分野におけるリンイリドのさらなる機能開拓に踏み込んでいきたいと考えているとしている。