データは企業活動の燃料となっており、データリテラシーは従業員が身に付けるべき必須のスキルになってきています。しかし、この分野で日本は海外に比べ遅れをとっており、それを挽回すべく、データを活用して課題解決を目指す「データサイエンス」は、現在、多くの大学で授業が必修化され、デジタル時代のビジネス現場に必要なスキルの基盤づくり、人材育成が進んでいます。一方で、AIはより進化し、今後は人間とAIの高度な共存が求められてきます。

私がカントリーマネージャーを務めるQlikでも、学生、教員を対象としたアカデミック・プログラムの提供などを通して、アナリティクスとデータリテラシーのスキル向上の支援に取り組んでいます。そこで、2年前にデータサイエンス学部を創設した立正大学の渡辺 美智子教授に、AI時代に必要なデータリテラシーとその育成について、お聞きしました。

渡辺教授によると、データサイエンスとは、身のまわりのさまざまな現象をデータで読み解いて、社会や仕事、生活に役立つ知見や知識を生み出していく実践的な考え方や方法論を総合的に取り扱う学問だということです。

渡辺 美智子(わたなべ みちこ)

理学博士 立正大学データサイエンス学部 教授


専攻は統計科学(データ処理、多変量解析、サービスデータサイエンス)。観察・記録データに基づく因果分析モデル、潜在変数を含んだ構造分析モデルの実データへの適用事例の開発、とくに、マーケティングやヘルスケア領域での潜在クラスモデルによる類型化と予測モデル構築とシステム化の研究を行う。並行して、初等中等教育から大学等高等教育、社会人のリカレント教育に至る統計・データサイエンス教育の体系化と評価フレームの研究に関心を持つ。

日本のデータリテラシーは、なぜ遅れているのか

今井:日本のデータリテラシーは、グローバルに比べ大きく遅れていると言われていますが、その要因はどこにあると思いますか?

渡辺教授(以下、敬称略):日本の場合、グローバルに比べてデジタル化に向けた教育改革に30年以上の遅れがあります。データリテラシーは、自分で具体的なデータをハンドリングして問題を解決していく経験を積むことによって効果的に身に付けることができます。

データリテラシーは、知識のように半年間授業を受ければ身に付くものではありません。つまり、数学的な知識を教えるだけではなく、体験を通して解決力を高めていくことが必要です。

英国をはじめとする海外の学校教育では30年以上前から、データハンドリングという授業が算数・数学の中で各学年に系統的に入っていますが、日本の学校教育において「データの活用」領域が初めて位置付けられたのは、小学校では2020年度、中学校では2021年度から、高等学校では2022年度の入学生からになります。

身近な問題、たとえば学校のどこで怪我をするのか、給食はどういうものが残されているのかといったことを、ただ怪我をしないようにしましょう、給食を残さないようにしましょうと教えるのではなく、主体的にデータをとって考える時間を作ることが大切です。

海外では、データを扱う失敗と成功、有用性と危険性の体験的学習が小学校1年生であれば1年生の文脈で、2年生なら2年生の文脈で扱う教育のガイドラインが幼稚園から大学基礎教育(K-16)まであり、実践力を踏まえたデータリテラシーを鍛えています。

日本は、データを使って物事を考える教育がきちんと位置付けられてこなかった期間が長すぎたのが、1つの大きな要因ではないかと思っています。

今井:渡辺先生のおっしゃる通りですね。日本とグローバルの差は事実としてありますが、私も日本人ですので日本人の良いところと課題をしっかり共有して、日本らしさで世界をリードできる国にしたい、そしてその可能性は絶対あります。ぜひ、それをみなさんと共有していきたいと思っています。

ところで、最近はデータサイエンス学部を創設する大学が増えていますが、立正大学のデータサイエンス学部の特徴はどういった部分にあるのでしょうか?

渡辺:データサイエンスやAIは、社会実装を経て教育界に入って来ています。大学が主導して始まったムーブメントではありません。GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)などIT業界の影響を受けて入って来ていますので、データサイエンス教育では、価値創造力をどう身に付けるかが重要なポイントになります。

立正大学ではデータサイエンスを実践する上での基礎的な技能・知識とともに、観光、スポーツ、経済、ビジネスなど、具体的な領域で実践的な価値を創造する力を育成するカリキュラムがバランスよく併行して走るように組まれています。

価値創造力で一番大事なのは、データに基づくストーリーテリングの能力です。立正大学では、知識や技能を統合して実際の課題を解決する学習体験を重視しており、企業の課題、社会の課題、行政の課題を積極的に大学教育の中に取り入れています。

人間とAIの共存

今井:最近はChatGPTが話題になっており、AIの進歩には目覚ましいものがあります。渡辺先生は、AIと人間の共存をどうお考えですか?

渡辺:『人間がAIにとって代わられるのでは?』という質問をたくさん受けます。AIは、データを基に確率で判断しますから、リスクもあれば間違うこともあります。AIのロジックやサービスを作り上げている人たちがいるわけですので、AIが人間にとって代わるのではなく、人間の判断を助ける賢い道具をあちこちで作ってくれているわけです。

これまでの仕事のスタイルは、データに基づいてエビデンスを得て、みんなで会議して、『この商品を売り出しましょう』といったようなことを決めていく方式でしたが、代わりにAIが自動的にレコメンドしてくれるわけです。

私もこれまで40年近く統計やデータの収集、分析のやり方、出力の読み方を教えてきましたが、ある程度共通化し、民主化したものが今のAIだと思います。

今井:おっしゃる通りだと思います。みなさんにちゃんと理解してもらいたいのは、AIは人間が作っているということです。人間が活動するとデータが発生します。そのデータをベースに各種のアルゴリズムが作成され、そのアルゴリズムに基づいてコンピューターが判断しています。

その結果がレコメンドされる。ChatGPTが1つの例ですが、その根拠は過去の膨大なデータです。まだ精度は荒かったりしますが、それはデータが足りないためです。人間が成長していけば、それに応じてAIもどんどん成長していく。

AIが成長していくとレコメンドの精度が上がりますから、それを受け取った時に人間が正しく判断し、正しく行動できるかというストーリーテリングの能力が大事になります。人間とAIが共に進化し続けるだけの話ですので、一番重要になってくるのが倫理観だと思います。

倫理観というのも、結局、人間が価値基準や文化など、いろいろなことを判断して作っています。そのため、倫理観というのは時代とともに変わります。つまり、最終的なキープレイヤーは人間なわけですね。

人間とAIの共存というのは、実は成り立つし、逆に言うと、人間が悪いことを考えるとAIも悪い動きをしてくるので、人間とAIの共存というのは重要であり、そうあるべきだと思っています。

仮説を立てていく能力は先天的ではなく、訓練

今井:データから知見を得るには、まず仮説を立て、それを検証していくプロセスになりますが、仮説を立てるには、一種のひらめきが必要だという人がいます。この点について、渡辺先生はどう思いますか?

渡辺:ビジネスデータも、スポーツデータも、やり方は同じです。使うモデルも一緒です。仮説を立てていく能力は先天的なものではなく、訓練なんです。先天的な能力や数理的な能力があるというよりも、現象と現象の繋がりにきちんとロジックを立て、データをはめ込んでいく訓練をどれだけ多様な文脈で繰り返しやってきたのかで違いが出てきます。

さきほど、日本は30年遅れと言いましたが、これはデータの活用の訓練、すなわち探究型の体験学習の重要性に早く気づき、90年代後半から学校教育を切り替えた海外のカリキュラムと日本のカリキュラムの違いによるものです。日本は教育力が高く、学校の先生方がとても熱心ですので、適切な方向に行くような枠組みが整えば、すぐに効果が出てくると思います。

今井:先天的な能力ではなくて経験や習慣ということですね。先生がおっしゃったように、日本で圧倒的に足りないのは小さい時の教育環境です。

昔の教育というのは、端的に言うと減点主義です。これだと新しい発想が生まれません。『これってどうなんだろう、あれってどうなんだろう』という経験、実験、失敗を繰り返し経験する機会がなかったため、新しい発想で仮説を立て、検証、実証を行うというサイクルが起きにくい環境だったわけですね。

今後求められるデータリテラシースキルとは

今井:データリテラシーで、今後、求められるスキルとはどういうものだと思いますか?

渡辺:現在、社会全体でDX(デジタルトランスフォーメーション)が走っています。DXというのはプロセス改善です。契約なら契約、販売なら販売のプロセス改善です。DXでは、そこに、デジタルとデータ、ロジックをどう組み合わせていくかという話になっています。

データサイエンティストの需要は広がる一方ですが、データサイエンスでビジネスを変革する人たち、データアナリティクストランスレーターズという言い方がありますが、こういった職種の人材が、今後、加速度的に必要になってきます。

データアナリティクストランスレーターズは、企業の中で価値を見つけていく人たちですから、AIのエンジニア的なスキルを追い求めている人たちとビジネスの間を繋ぐ職能を持つ人たちです。

立正大学でも、エンジニアスキルの高い人だけではなく、社会に出たときに、DXを推進できる人材、つまり、デジタル、データ、ロジックで従来のプロセスを変えていける人材の育成を目指し、社会の需要に応えていきます。

今井:データ分析力能力を高めるための仕組みやテクノロジーの導入は極めて重要ですが、私は最終的に求められるのは情報をハンドリングする人間側の倫理観であり、情報を受け止めて活用する能力、その情報が合っているかを見極める能力、そういったところに最終的には行き着くのではないかなと思っています。

データリテラシーや分析、思考力の重要性は日本だけでなくグローバルで共通しています。データリテラシーを上げることこそが、就業人口が年々減っていく今後の世の中において、一人当たりの生産性を上げていくために必要です。

そして、AIと人間の会話がもっとスムーズに進んで、結果として、AIが日常生活に気がついたら溶け込んでいる、そんな世界になる必要があります。そのためには、人間とマシンの対話がもっと日常化される必要があり、それができれば、能力の差や生活力の差というのがなくなっていき、全員がレベルの高い生活ができるのではないかと思っています。

本日は、ありがとうございました。