産業技術総合研究所(産総研)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の両者は6月8日、月面上のカルシウム(Ca)に乏しい輝石(LCP)に富む岩体の場所とカンラン石に富む岩体の場所を、月周回衛星「かぐや」に搭載されたスペクトルプロファイラ(SP)およびマルチバンドイメージャ(MI)が取得したデータを用いて、それぞれの岩体の場所の詳細な地質構造を月全面にわたって調査した結果、巨大隕石の衝突により月のマントル領域から掘削された岩石の組成が、衝突盆地によってLCPが支配的であるものとカンラン石が支配的であるものとに分かれることがわかったと共同で発表した。
同成果は、産総研 地質調査総合センター(GSJ) リモートセンシング研究グループの山本聡研究グループ長、JAXA 宇宙科学研究所(ISAS) 太陽系科学研究系の春山純一助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、惑星科学の全般を扱う学術誌「Journal of Geophysical Research: Planets」に掲載された。
月表面の巨大衝突盆地周辺では、カンラン石に富む岩体の場所(カンラン石サイト)が分布することから、巨大隕石の衝突により月の深部にあるマントル中のカンラン石に富む物質が掘削されたことが考えられるとする。
一方、月の裏側にある南極エイトケン盆地(SPA)の周囲では、その形成に伴い月のマントル物質が掘削されて堆積したレゴリスで覆われているが、そのスペクトル特性はCaに乏しいLCPが支配的であると報告されている。これらのことから、月のマントル物質はカンラン石ではなく、LCPが支配的であると考える研究者もいるという。
しかし、レゴリスはさまざまな岩石破片が混在したものであり、必ずしもSPAが掘削されたマントル物質の特徴が示されているとは限らないとする。だが一方で、LCPに富む岩体(LCPサイト)の全球分布や露頭の詳細な調査がされておらず、月のマントル物質がカンラン石に富むのかLCPに富むのかについては長い間議論が続けられているという。そこで研究チームは今回、かぐやのSPとMIのデータを使って、LCPに富む岩体の分布を月の全面にわたって調査したとする。
研究チームはまず、SPの全データ中から、マントル由来と考えられるLCPのスペクトルを抽出するデータマイニングを実施。その結果、LCPに富む岩体は雨の海盆地とSPA盆地に集中して見つかり、カンラン石サイト比べてLCPサイトがより多く分布することが判明したという。
次に、LCPに富む岩体について、MIによる鉱物・岩石分布の鳥瞰図での地質構造の詳細調査が行われた。その結果、LCPに富む岩体は、山頂の急斜面や小規模クレーターの壁面など、宇宙風化の影響の少ない新鮮な露頭で見つかることが明らかにされた。これよりLCPに富む岩体は、さまざまな物質が混ざったレゴリス由来ではなく、マントルから掘り起こされたものと考えられるとした。つまりSPA盆地や雨の海盆地の形成では、主にLCPに富む物質がマントルから掘り起こされたことが考えられるという。
一方、地殻厚がほぼゼロであることから、マントルを掘削したことが確実であるモスクワの海、危難の海などでは、カンラン石サイトのみ見つかり、LCPサイトは確認されなかったとする。このことから、月のマントルに由来する岩石の組成は、衝突盆地によって異なることが解明された。
このことは月のマントル組成が、月全体で不均質であることを意味するという。たとえば、カンラン石に富むマントル物質がLCPに富むマントルを覆う層構造であり、衝突してきた巨大隕石の大きさの違いにより異なった岩石が掘削された可能性や、水平方向(月の表と裏の二分性など)でマントルの組成が大きく異なる可能性が考えられるとしている。
研究チームは、深さ方向や水平方向の不均質が、月のマグマオーシャンの初期に重力不安定によって引き起こされたマントル転覆に起因している可能性が考えられるとする。そのため、こうした場所からのサンプルリターンや現地での直接調査を行うことで、月のマントルの構造・組成・初期進化過程の深い理解につながることが期待されるという。そのことからも、今回調査解析が行われた場所は、月のマントル物質の不均質性についてさらに詳細な情報が得られるという点で、将来のサンプルリターンミッションでの重要な候補地点の1つだとしている。