名古屋大学(名大)は5月22日、高い近赤外反射性能を持つ新しい透明導電体ナノシート「Cs2.7W11O35-d」(dは酸素欠陥量)を発見し、これをガラス上にコートすることで、71%の高い可視光透過率と、近赤外反射率53%という世界最高クラスの遮熱効果を併せ持つ日射遮蔽膜(太陽熱カットフィルム)の開発に成功したことを発表した。
同成果は、名大 未来材料・システム研究所の長田実教授、同・常松裕史大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するさまざまな分野の境界におけるナノサイエンスとナノテクノロジーに関する包括的な内容を扱う学術誌「ACS Nano」に掲載された。
世界のエネルギー消費の約20%は、建築物の空調電力が占めているとする試算もあり、空調の負荷削減が強く求められている。その有効な解決策の1つに、太陽光中の熱源となる近赤外光をカットする高い遮蔽性能と同時に可視光を透過させることができる日射遮蔽膜の活用がある。これを建築物や自動車などの窓ガラスに採用することで、空調の省エネルギー化が期待されている。
これまでの日射遮蔽膜は「錫ドープ酸化インジウム」(ITO)などの酸化物透明導電体薄膜が広く利用されてきたが、希少金属が必要であり、かつ真空プロセスを必要とするなど、資源リスクや製造コストの問題があった。また従来の日射遮蔽膜では、近赤外光吸収による遮蔽効果を高めようとすると、可視光透過性が低下するというトレードオフの問題点もあったという。
そうした中、ナノシートをベースとした透明導電体の開発とその光学薄膜応用を進めてきたのが、長田教授らの研究チームで、これまでの研究から、高い近赤外反射性能を持つ新しい透明導電体ナノシートCs2.7W11O35-dを開発したことを報告していた。その成果を踏まえて、今回の研究では、環境にやさしい水溶液プロセスを用いることで製造コストを中心とする問題の解決を試みることにしたという。
ナノシートの出発原料には、層状構造を持つ酸化タングステン「Cs4W11O35」が用いられ、ソフト化学プロセスにより層状構造を層1枚までにバラバラに剥離することで、酸化タングステンナノシート「Cs2.7W11O35」の合成が行われた。
今回の研究では、研究チームが最近開発した高速・液相薄膜作製法(単一液滴集積法)を用いることで、溶液1滴、1分でナノシートを石英基板上に稠密配列させ、単層膜を作製、その単層膜作製の操作を繰り返すことで、ナノシートの厚み単位で、膜厚を精密に制御した多層膜が作製された。
これら単層膜および多層膜のナノシートは透明半導体であることから、透明導電体としての利用に向け、酸素欠陥の導入によるキャリア(電子)注入が試みられ、水素・アルゴン混合ガスの還流下、550℃で還元熱処理が実施されたところ、表面だけが還元され、酸素欠陥が導入された還元型ナノシート膜Cs2.7W11O35-dの作製に成功したという。
同ナノシート膜についての導電特性評価が行われたところ、表面層へのキャリア注入が実現し、膜厚1~50nmと超薄膜ながら、ITOに匹敵するシート抵抗「2.2×102Ω/□」という優れた導電性を示すことが確認されたとする。
また併せて光学特性評価も実施。その結果、優れた近赤外反射特性と可視光透過性を示し、膜厚(積層数)とともに近赤外反射特性が向上することが確認された。中でも膜厚50nm(積層数20層)の薄膜では、71%という高い可視光透過率を維持しつつ、近赤外反射率53%という世界最高クラスの性能が達成されたことが確認されたという。この近赤外反射特性の起源について、構造、電子状態の観点からさまざまな検討が行われたところ、金属-半導体ヘテロ構造が重要であり、表面の金属層(キャリア注入層)で効率的に近赤外光が反射されていることが示されたとする。
実際に日射遮蔽膜の実用化を想定した夏場の炎天下におけるサーモグラフィを用いた遮熱試験も実施。還元前ナノシート膜(透明半導体Cs2.7W11O35)、還元型ナノシート膜(透明導電体Cs2.7W11O35-d)、石英基板の3種類のサンプルを被験者の着用する黒い服の表面に貼り付け、太陽光を約10分間照射した後、サーモグラフィによる温度上昇が調べられた結果、それぞれのサンプルの表面温度は36℃、27℃、43℃となり、還元型ナノシート膜では、ナノシートコートなしの石英基板に対し、16℃ほど低いことが確認されたという。
なお、研究チームでは、今回開発された日射遮蔽膜を建築物や自動車の窓ガラスに適用することで、冷房負荷の削減や空調の省エネルギー化の実現に向けた技術発展が期待できるようになるとしている。