近年になって、グリア細胞の1つで、脳内の免疫細胞として知られるミクログリアは、常に突起を進展退縮させながら、神経細胞同士の接続部「シナプス」を監視、形成、除去することで神経回路の形成や精緻化、障害時の再編成に寄与する機能を持っていることがわかってきた。
とりわけ、ミクログリアの興奮性シナプスに対する作用はよく知られ、発達期および障害からの回復期では、これらの形成・除去を行うことで機能的な神経回路形成が行われることが知られている。その一方で、抑制性シナプスへの関与はまだ解明が進んでいないという。
そこで研究チームは今回、ミクログリアに着目し、そしてさまざまなアプローチ方法を用いて、視覚遮断後のマウスの高次視覚野がヒゲ刺激による体性感覚情報に応答し、ヒゲ感覚識別能力が向上するメカニズムを明らかにすることを試みたとする。
生まれて間もない時期に視覚遮断を受けると、マウスの高次視覚野では、ミクログリアによる抑制性シナプスの除去が亢進し、潜在的に存在していた体性感覚野から高次視覚野への伝達経路の抑制システムが解き放たれる。それにより、高次視覚野の神経細胞がヒゲ刺激に応答するようになり、さらにそれが機能向上につながることが判明した。
またその際にミクログリアが、細胞の外に存在する細胞外基質と呼ばれる足場を「マトリックスメタロプロテアーゼ9」という分子によって溶かすことで、抑制性シナプスを剥がすという機序が明らかにされた。つまり、ミクログリアがストッパーを外すことによって脳が「専門外」の情報を処理するようになる、というイメージだという。
近年、健常者においても視覚だけでなく聴覚や体性感覚刺激が高次視覚野の神経活動に影響を及ぼしうることが知られており、高次視覚野は感覚統合の観点でも注目されている。今回の研究により、高次視覚野における体性感覚情報処理システムとミクログリアによる制御が解明されたことで、脳の多種感覚情報統合・分別にかかわる、新たなメカニズムの提唱にもつながる可能性があるとした。さらに自閉スペクトラム症では抑制性シナプスの減少や感覚統合の障害が報告されており、こういった精神神経疾患での新たな治療ターゲットにもなりえることが示唆されるとしている。