東京医科歯科大学(TMDU)は4月13日、統合失調症患者の一部にシナプス分子「neurexin 1」(NRXN1)に対する、これまでに報告のない自己抗体が存在することを発見したと発表した。

  • 統合失調症における抗NRXN1自己抗体が発見された

    統合失調症における抗NRXN1自己抗体が発見された(出所:TMDU Webサイト)

同成果は、TMDU大学院 医歯学総合研究科 精神行動医科学分野の塩飽裕紀テニュアトラック准教授、同・髙橋英彦教授らに加え、東京大学、国立精神・神経医療研究センター、帝京大学、つくば国際大学の研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、ヒトと動物の行動・神経・内分泌・免疫系の相互作用を扱った学術誌「Brain, Behavior, and Immunity」に掲載された。

現在の認可されている統合失調症の治療薬は、ドーパミン病態に対するもので、ドーパミン受容体の阻害薬が主体だ。一方で、これらの薬物では十分に治療効果が得られない場合も少なくなく、十分な社会復帰ができなかったり、日常生活に支障をきたしたりするため、さらなる病態解明と治療法の開発が求められている。

統合失調症は、遺伝学的にも症候学的にも多種多様で、さまざまな病態背景を持った患者がいると考えられている。脳疾患の原因は遺伝子変異に起因するものや感染症、腫瘍、血管障害などさまざまだが、脳炎に関連してシナプスに対する自己抗体が近年発見され、注目を浴びている。その過程で、急性に精神症状を主症状として発症する自己免疫性脳炎に関連した病態として、自己免疫性精神病の概念が提唱された。

それらを背景として、研究チームはこれまで、精神疾患として分類される慢性の経過をたどる統合失調症の一部にも、未知のシナプス自己抗体が存在し病態を形成しているのではないかという仮説を立て、研究を行ってきたという。その結果、2022年に未知のシナプス自己抗体を発見するスクリーニング系を開発し、シナプス分子「NCAM1」に対する自己抗体を発見している。そして今回の研究では、同じスクリーニング系を用いて、シナプス分子NRXN1に対する自己抗体の存在を調べたという。

NRXN1は、シナプス前終末に存在するシナプス接着分子で、シナプス後膜に存在するさまざまなシナプス接着分子と結合し、シナプス結合の中心的な役割を担っている。今回の研究では、統合失調症患者387名に対する検査が行われ、そのうちの8名(約2.1%)にNRXN1に対する自己抗体が存在することが確認されたとのこと。なお、健常者からは抗NRXN1自己抗体は検出されなかったとする。

NRXN1の遺伝子変異は、統合失調症をはじめ、自閉スペクトラム症や知的障害の原因にもなることが報告されている。抗NRXN1自己抗体の作用を調べたところ、NRXN1のこれらの分子間結合を阻害したという。

さらに、抗NRXN1自己抗体を統合失調症患者から精製し、マウスの髄液中に投与したところ、神経活動の電気生理学特性が変化したり、シナプスが減少したり、認知機能低下や社交性の障害、プレパルス抑制の低下など、統合失調症に関連した行動異常が確認されたという。つまり、抗NRXN1自己抗体が分子レベル、神経細胞レベル、行動レベルで病態を統合失調症に関連する病態を形成することが示されたとする。

今回の研究成果から、シナプス病態や行動異常の原因になる抗NRXN1自己抗体が統合失調症の一部に存在することが判明した。抗NRXN1自己抗体が陽性の患者は統合失調症の約2.1%ではあるものの、研究チームが以前に報告した抗NCAM1自己抗体陽性の患者(約5.4%)とは別の患者で陽性になっているため、合計すると約7.5%となる。このことから、統合失調症における自己抗体病態が一定の割合を占めていることが明らかにされた。

このことから研究チームは、抗NRXN1自己抗体陽性の患者が、現在認可されている薬物療法に治療抵抗性だった場合、抗NRXN1自己抗体を除去する治療戦略が今後考えられ、抗NRXN1自己抗体はそのような治療を行うかどうかを判定するバイオマーカーになることも期待されるとする。また自己抗体は量が多く、存在すれば脳炎を誘発する可能性もあることから、現在、原因不明とされる脳炎患者の原因にもなりうる可能性があり、統合失調症にとどまらない神経疾患の原因解明につながる発展性も考えられるとしている。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:TMDU Webサイト)