次に、発生期のBTBRの組織(AGM領域と卵黄嚢)で一細胞RNA解析が行われた。その結果、ERVの下流にあたる遺伝子群に発現変動が認められたことから、BTBRにおけるERVの活性化を支持する証拠が得られたとする。

最後に、BTBR/JとBTBR/Rに行動レベルでの差があるかが包括的に調べられた。その結果、BTBR/RマウスはBTBR/Jに比べて不安度が低く、コミュニケーションの指標となる超音波の質的な変化が示されたとする。また、自己毛づくろい行動が多く、ビー玉埋め試験ではより多くのビー玉を埋めることがわかったとした。この2つの試験は、自閉症者における反復行動異常を検出するための試験であり、BTBR/RはBTBR/Jよりも反復的行動が多い(症状が強い)、という異常を有していることが確かめられた。

さらに、ほかのマウスにどれだけ近づくかを指標とした「3チャンバー社会行動試験」でも、BTBR/Rの方がよりはっきりした社会性の低下がみられたという。記憶学習能力を調べるための「バーンズ迷路」を用いた空間記憶学習試験では、BTBR/JではB6よりも学習能力の低下が認められたものの、BTBR/RではB6と同程度の能力が示されたとした。

これらの結果から、レトロウイルスの活性化がBTBRのコピー数多型増加を誘導し、BTBR/JとBTBR/Rのように、行動レベルの差や、脳内の構造に差をもたらすことが見出された。

  • 今回の研究の概要。BTBRマウス(BTBR/J&BTBR/R)ではレトロウイルスが活性化してコピー数多型が生じやすい状態にある。これはつまり、通常のマウスよりも進化速度が速いといえるという。このことを裏付ける証拠として、BTBR/JとBTBR/Rでは共通祖先であるにもかかわらず、たった30年ほど別の環境に置かれただけで、行動レベルの差だけでなく、脳梁の有無という構造レベルの変化がもたらされた

    今回の研究の概要。BTBRマウス(BTBR/J&BTBR/R)ではレトロウイルスが活性化してコピー数多型が生じやすい状態にある。これはつまり、通常のマウスよりも進化速度が速いといえるという。このことを裏付ける証拠として、BTBR/JとBTBR/Rでは共通祖先であるにもかかわらず、たった30年ほど別の環境に置かれただけで、行動レベルの差だけでなく、脳梁の有無という構造レベルの変化がもたらされた(出所:神戸大プレスリリースPDF)

今回の研究成果により、自閉症モデルマウスとして広く研究者の間で使用されているBTBR/Jに代替できるような、BTBR/Rの新たな有用性が示され、ERVの活性を制御することで自閉症に対する新規の治療法につながる可能性も提示された。さらに将来的には、自閉症の発症メカニズムに応じた自閉症のサブタイプ分類が必要であり、自閉症治療の新たな道を切り開く重要な第一歩となるとした。