北海道大学(北大)は3月9日、リング状の有機分子「1,3-シクロヘキサジエン」(CHD)が開環する過程が、これまで実際には観測されていなかった化学反応の基本法則の1つ「ウッドワード・ホフマン則」に従っていることを、1000兆分の1秒レベルの時間分解能を持つ「フェムト秒軟X線吸収分光」を用いて実際に観察することに成功したと発表した。
同成果は、北大大学院 工学研究院の関川太郎准教授、同・大学院 理学研究院の齊田謙一郎特任助教、同・武次徹也教授(北大 創成研究機構 化学反応創成研究拠点兼務)、東京大学(東大) 物性研究所の板谷治郎准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行する物理化学・化学物理学・生物物理化学を扱う学術誌「Physical Chemistry Chemical Physics」に掲載された。
CHDのようなリング状分子の開環反応やその逆過程である閉環反応は、たとえば日光浴によりビタミンD3が体内に生成される反応などのように、有機合成化学や生体内反応など、幅広い分野に現れることが知られている。CHD中の結合が切れる際、リング面外に飛び出ているC-H結合のねじれる方向は逆旋方向と同旋方向の2つがあり、大きな分子では原子の動く方向により生成物が変わるため、実験条件下での反応過程を予言することは有機合成化学において重要だ。
その反応において立体的に原子が動く方向は2つあり、その方向は、2人のノーベル化学賞受賞者、ウッドワード(1965年受賞)とホフマン(1981年受賞)によって提唱された、ウッドワード・ホフマン則により予言される。しかし、開環および閉環反応は高速に起きるため、従来の観測法では反応経路を区別できず、ウッドワード・ホフマン則の予言通りに反応が進んでいるのかどうかは観測できていなかったという。
炭素原子の1s軌道に存在する電子による軟X線吸収は、結合状態に敏感であることに着目した研究チームは今回、開環の際のねじれる方向に応じて吸収エネルギーが異なる可能性があることを利用し、共同利用・共同研究拠点である東大物性研究所の時間分解軟X線過渡吸収測定装置により研究することにしたという。そして、最先端のレーザー技術により発生させたフェムト秒近赤外線レーザーパルスを軟X線連続光(200~370eV)に変換し、分子の結合状態に敏感な炭素原子の吸収スペクトルをフェムト秒の時間分解能で観測したとする。