愛媛大学は9月25日、光照射によって可逆的異性化反応を示す分子「ジアリールエテン」のナノ粒子にナノ秒パルスレーザーを照射したところ、その光異性化反応が溶液系と比較して最大で80倍の高効率に起こることを見出したと発表した。

同成果は、同大学大学院理工学研究科の石橋千英講師、朝日剛教授らの研究チームによるもの。詳細は、国際学術誌 「Chemical Communications」に掲載された。

固体中の有機分子は、隣接する分子間の距離が近く分子運動が制限されたり、お互いが静電的に相互作用をしたりと、溶液中の単独の分子とは周辺環境が異なる。そのため、有機固体の分子の光化学反応や光物性が溶液系とは大幅に異なることが期待できるとされる。特に、短パルスレーザーのような光子密度の高い光を有機固体に照射すると、複数の分子と複数の光子とが相互作用をして、通常の光では起こらない化学反応を引き起こす可能性があるという。

そこで研究チームは今回、固体試料としてジアリールエテン分子に注目。ジアリールエテンは、光照射によって無色透明の開環体と有色の閉環体の間で可逆的に異性化反応を示す物質だ。この光異性化に伴い、色だけでなく、蛍光、屈折率、電気伝導率などの物性が瞬間的に変化することも特徴となっている。

また近年になって、ジアリールエテン固体に光を照射すると、固体自体が折れ曲がったり、伸縮したりすることを利用したフォトメカニカル機能を持つことも報告されている。そのため、ジアリールエテンは、次世代の光エネルギー変換材料として注目されているところだ。

今回の研究で研究チームは、まずジアリールエテン閉環体のナノ粒子固体を再沈殿法により作製。光子密度の高いナノ秒パルスレーザーが1回照射された後に、ナノ粒子中の閉環体分子から開環体分子への反応量が調べられた。

その結果、反応量は、ナノ秒パルスレーザーの照射強度(光子密度)に対して3次の傾きを持って増大していることが確認された。比較として、同じ濃度で分子状に分散した溶液系においては、反応量は照射強度に対して単調に(1次の傾きで)増加。つまり、ナノ秒パルスレーザー照射による反応量の非線形増大は、ナノ粒子固体のみで起こることが初めて確認されたのである。

この反応量の増大メカニズムを説明するために、定常分光および時間分解分光測定の結果を基に研究チームが提案したのが、「ひとつのナノ粒子中で、ナノスケールでの光熱変換過程と光化学反応との協同効果」だ。これは、単純にナノ粒子全体を温めて起こる反応とは異なり、ナノスケールのレーザー過渡加熱(励起分子の光熱変換とナノメートルスケールでの熱伝導)が反応増大のカギとなるという。

さらに詳しく説明すると、ナノ秒パルスレーザーのひとつの光子によって励起されたひとつの閉環体分子が、ピコ秒という短い時間に隣接する複数の分子を温めて高温分子クラスターが生成され、この高温分子クラスター中の分子が残りの光子を吸収することで反応が効率よく進行するというものである。

このような協同現象が起こるためには、複数の光子と複数の分子が相互作用する必要があり、分子密度の高いナノ粒子固体と光子密度の高いパルスレーザーの組み合わせで初めて起こるという。研究チームによって提案された「ひとつのナノ粒子中で、ナノスケールでの光熱変換過程と光化学反応との協同効果」は、これまでの多光子-1分子の光応答とは異なる新たなレーザー光反応(多光子―多分子の光応答)であり、注目が集まっているとしている。

2020年9月29日訂正:記事初出時、石橋千英氏のお名前を橋千英と誤って記載しておりましたが、正しくは石橋千英となりますので、当該部分を訂正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。