かの名探偵シャーロック・ホームズは、次のような名言を残している。
「ありえないことを一つひとつ取り除いていった結果、最後に残ったものが、どんなにありえないと思えることでも、それが真実だ」。
昨年12月、国際宇宙ステーション(ISS)にドッキング中のロシアの「ソユーズMS-22」宇宙船から冷却剤が漏れ出す事態が起きた。さらに約2か月後の今年2月には、同じくISSにドッキング中の「プログレスMS-21」補給船も同じように冷却剤が漏れ出す事態に見舞われた。この前代未聞の出来事の連続に、原因調査や対応をめぐって大きな混乱が起きた。
最終的にロシアは、ともにマイクロメテオロイド(微小隕石)や宇宙ごみ(スペース・デブリ)などが衝突し、穴があいたことが原因とする調査結果を発表。にわかには信じがたいものの、ホームズの言葉にしたがえば、この事件は解決したことになる。しかし、疑念が残るのも事実だ。
ソユーズMS-21の冷却剤漏れ
最初の事件が起きたのは、日本時間2022年12月15日の9時45分ごろのことだった。米国航空宇宙局(NASA)の担当者が、ISSに係留中のソユーズMS-22の後部から、なんらかの物質が漏れていることを発見した。
その後、ソユーズ宇宙船を運用するロシア国営宇宙企業ロスコスモスは、「ソユーズMS-22の機械モジュールの外板に損傷があり、熱制御システム(ラジエーター)の冷却剤が漏れ出したことを確認した」と発表した。
ソユーズMS-22は同年9月21日に、ロスコスモスのセルゲイ・プロコピエフ宇宙飛行士とドミトリー・ペテリン宇宙飛行士、NASAのフランシスコ・ルビオ宇宙飛行士の3人を乗せ、カザフスタン共和国のバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた。その約3時間後にはISSにドッキングし、係留され続けていた。
ISSには7人の宇宙飛行士が滞在しているが、このトラブルによる危険はなかった。また、ISS係留中のソユーズ宇宙船は電源を落とし休眠状態に置かれているため、ISSの機能への影響もなかった。
ただ、ソユーズMS-22の熱制御システムは完全に機能しなくなったことから、プロコピエフ宇宙飛行士らの帰還に使うことができなくなった。宇宙では、熱は地上と同じようには振る舞わないため、ラジエーターのような熱を制御するシステムを使って、船体や船内の各所を適切な温度に維持する必要がある。それが失われれば、宇宙船の機能、なにより中に乗っている人間の健康に悪影響を及ぼす。
そこでロスコスモスは今年1月、ソユーズMS-22の運用を事実上放棄するとともに、この3月に打ち上げ予定だった「ソユーズMS-23」宇宙船を無人で打ち上げ、プロコピエフ宇宙飛行士らを乗り換えさせ、地球に帰還させることを決定した(緊急脱出挺として引き続き使用)。
並行して、冷却剤が漏れ出した原因の調査も進められた。1月11日に開催されたNASAとロスコスモスの合同記者会見で、ロシアの有人宇宙計画の責任者を務める、ロスコスモスのセルゲイ・クリカレフ氏は、「マイクロメテオロイド(微小隕石)が秒速約7kmで宇宙船に衝突したために、冷却剤が通る配管が損傷し、漏洩が引き起こされた可能性が最も高いと結論付けました」と明らかにした。地上での再現実験でもその仮説が正しいことが確認されたという。
微小隕石は文字どおり小さな隕石のことで、数mmからそれ以下から目に見えないものまであり、深宇宙から地球周辺に飛来してくる。宇宙機に衝突する確率は非常に小さいが、過去には宇宙から帰還したスペースシャトルや回収した衛星の外壁に、微小隕石の衝突による痕ができていることが確認されている。しかし、宇宙機に損傷を与えるほどの大きさ、あるいは質量、エネルギーのものが衝突する確率はさらに低く、とくに有人宇宙船が航行不可能になるほどの事態を引き起こすことは史上初めてだった。
なお、事故発生時の前後に極大を迎えていた、ふたご座流星群の発生源である宇宙塵(ダスト、微小隕石の一種)の衝突という可能性は、飛来方向などの観点から除外されている。
クリカレフ氏はまた、スペース・デブリ(宇宙ごみ)が衝突した可能性も低いとした。これは、衝突時の速度から、地球を周回するデブリとは考えられず、深宇宙から飛来する微小隕石と考えるほうが、辻褄が合うからだという。
さらに、組み立て時の記録などを調査した結果、品質不良、すなわちマニュアルの不徹底や裏マニュアルの習慣化、欠陥を抱えたロットの部品、部材の使用、熟練技術者の退職などといったことが原因である可能性も低いとされた。1月11日の記者会見でクリカレフ氏は、「組み立て時の記録などを調査した結果、品質不良を裏付けるものはなにもありませんでした」と断言した。
また、事故のデータを共有し、共同で分析や対応にあたったNASAの担当者も、「すべての情報が、微小隕石の衝突が原因という可能性を示しています。これまでのところロスコスモスと見解は一致しています」とした。
こうしてソユーズMS-22をめぐる事件は、いちおうの解決を見たかと思われたが、そうは問屋が卸さなかった。