宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2月22日、同17日に打ち上げを中止したH3ロケット初号機について、文部科学省に原因の調査状況を報告した。異常の発生場所については特定できたものの、その原因についてはまだ調査中。JAXAは、3月10日までの予備期間中の打ち上げを目指すとしているものの、時間的な余裕はあまり無く、見通しはやや不透明だ。

  • 第1段エンジン「LE-9」の起動後に打ち上げを中止したH3ロケット初号機

    第1段エンジン「LE-9」の起動後に打ち上げを中止したH3ロケット初号機

電圧が数秒間ゼロになっていた

日本の新たな基幹ロケットとなるH3ロケットは17日、種子島宇宙センターにて初フライトに臨んだものの、第1段エンジン「LE-9」の燃焼開始後に機体が異常を検出し、シーケンスを中断。固体ロケットブースタ(SRB-3)に点火信号は送らず、打ち上げを中止していた。

参考:H3ロケット初号機現地取材 - 異常を検知し打ち上げは中止に、エンジン起動から約6秒の間に何が起きた?

JAXAの調査によると、打ち上げの6.3秒前にLE-9エンジンは着火。数秒かけて推力90%まで正常に立ち上がり、各機器にも異常が無かったことから、H3ロケットの頭脳である「2段機体制御コントローラ」(V-CON2)が打ち上げ条件の成立(FLI:フライトロックイン)を確認、SRB-3の点火許可まで予定通りにシーケンスを進めた。

  • H3ロケット初号機のシーケンス。LE-9のスタートまでは正常だった

    H3ロケット初号機のシーケンス。LE-9のスタートまでは正常だった (C)JAXA

通常であれば、この後SRB-3に点火信号を送ることになるが、今回はこの直前に、LE-9の少し上に搭載されている「1段機体制御コントローラ」(V-CON1)が異常を検出。ただちにシーケンスの中断処理が行われ、LE-9に停止信号を送信、フェイルセーフの設計通りに、安全な状態に移行させた。

V-CON1で検出した異常についてだが、これは、LE-9用の電池から「エンジンコントロールユニット」(ECU)に繋がる電源供給系統にて発生したとのこと。ECUはLE-9の制御を担当しており、当然ながら飛行時は常時オンになっているべき装置だ。しかし、この電源供給が、LE-9の起動後、数秒レベルで完全に落ちていたそうだ。

  • 左が正常時/今回の動作フロー

    左が正常時/今回の動作フロー。右がV-CON1周辺の概略図だ (C)JAXA

ただ、ECUには別系統からも電力が供給されていたため、この問題が発生したときも、ECUは正常に動作を続けており、LE-9の停止処理にも問題は無かった。そのため、もしSRB-3点火後にこの問題が発生し、中止が間に合わなかったとしても、必ずしも打ち上げが失敗したとは言い切れないのだが、今回はギリギリのタイミングで止めることができた。

異常が確認された電源供給系統の経路上には、複数の半導体スイッチがあり、カウントダウンシーケンスの中で順次オンになる仕組み。電源が落ちたのは、このスイッチがオフになったことが原因と見られるが、なぜオフになったのかという点についてはまだ分かっておらず、現在、詳細を調査中だ。

半導体スイッチはなぜオフに?

H3ロケットの電気系システムは、従来から大きく変更されている。現行のH-IIA/Bロケットでは、基本的に機器間を1対1で繋げており、点検時など、接続を変更するときの運用が非常に煩雑になっていた。それに対し、H3はネットワーク方式を新たに導入。運用をシンプルにすることで、コストの低減を目指した。

ネットワークは、用途ごとに3種類を使用する。フライト中の機体制御に関わる飛行制御系ネットワークは、信頼性やリアルタイム性を重視し、MIL-STD-1553B規格を採用。地上設備とロケット間の通信に関わる計測・設備系ネットワークは、データ伝送量や汎用性を重視してイーサネットを採用した。

そのほか、地上運用でのみ使用する地上制御系ネットワークもあり、これはRS485規格が採用されている。このように、フライトの成否に直結する飛行制御系ネットワークをほかの2つから分離しておくことで、高い信頼性を確保しているという側面もある。

  • H3ロケットの電気系システム。複数のネットワークで構成される

    H3ロケットの電気系システム。複数のネットワークで構成される (C)JAXA

JAXAは今回発生した問題について、「機体や地上設備の電気的な挙動が影響を与えた可能性が高い」と見ている。考えられるのは、ノイズや振動など、何らかの原因によって誤信号が半導体スイッチに入り、オフになったというシナリオだ。

半導体スイッチや制御用FPGAのハードウェア的な不具合も可能性としてはあるが、電源供給系統の電圧は全系停止後に復旧。その後の再現試験でも正常に動作していることから、やや考えにくい。

ここで1つ注目したいのは、2022年11月に実施した「実機型タンクステージ燃焼試験」(CFT)では、何も問題は起きず、シーケンスが最後まで通ったということだ。電気系地上設備を接続したままであるなど、今回のフライト時の構成とは一部違いもあり、JAXAはその違いに起因するものについても調査を進めているそうだ。

3月10日までの打ち上げは可能か?

JAXAは今のところ、3月10日までの予備期間中に打ち上げを目指すという方針は変えていない。しかし、現時点で原因を特定できていないというのは、大きな不安要因だ。

冬期の種子島は天候による延期も多く、最低でも1週間はウィンドウを確保したい。すると3月4日あたりを打ち上げ日に目指す必要があるが、今からだとあと10日ほどしかない。この間に、原因を特定し、対策を済ませ、慎重に試験も行わなければならない。原因を速やかに特定できるか、という点に、全てがかかっている。

予備期間は当初、2月28日までに設定されていたが、その後、3月10日までに延長されていた。ただJAXAによると、今から再延長するのは手続き的に難しく、もし間に合わなければ、H3ロケットが目標としていた2022年度中の打ち上げは、かなり厳しくなる模様だ。

惑星探査機などは軌道上の都合でウィンドウが制約されてしまうのだが、H3ロケット初号機が搭載する「だいち3号」(ALOS-3)は地球周回衛星なので、物理的にはほぼ毎日打ち上げることができる。ただ、この3月10日までという期間はそういった理由ではなく、関係各所との協議によって決まったものなので、変更には時間がかかる。

急ぎすぎるあまり、再現試験などで機体を損傷するわけにはいかないし、対策後の試験もしっかり時間をかけて行う必要がある。しかしその一方で、3月10日までには打ち上げを間に合わせたい。JAXAにはそのバランスを取った難しい舵取りが求められそうだ。