米国航空宇宙局(NASA)と国防高等研究計画局(DARPA)は2023年1月25日、「核熱ロケットエンジン」を共同で開発し、早ければ2027年にも宇宙での実証試験を行うと発表した。

核熱ロケットは原子力ロケットのひとつで、従来のロケットエンジンよりも2~5倍効率が良く、実現すれば、有人火星探査の飛行時間の短縮や宇宙飛行士のリスク軽減に役立つと期待されている。

  • 核熱ロケットエンジンを噴射して飛行する宇宙機の想像図

    核熱ロケットエンジンを噴射して飛行する宇宙機の想像図 (C) DARPA

核熱ロケット

核熱ロケット(nuclear thermal rocket)は原子力ロケットのひとつで、原子炉を使って液体推進剤を加熱し、発生した高温高圧のガスをノズルから噴射して宇宙船を推進させるという仕組みをもつ。

核分裂をともなう点など、基本的なプロセスなどは原子力発電所の原子炉と同じであり、いわば原子炉の一次冷却水を噴射するようなものである。一方、NASAとDARPAが開発する核熱ロケットの特徴として、燃料には高純度低濃縮ウラン(HALEU)を使い、物流・入手性におけるハードルを低減しているほか、核分裂反応が宇宙に到達したときにのみオンになるようにする安全対策を盛り込むことなどが計画されている。

推進剤には従来のロケットと同じような液体水素のほか、水も使うことができる。

従来のロケットエンジンの多くは、推進剤を燃やして発生したガスを噴射して飛行する。こうしたロケットを「化学推進ロケット」と呼ぶ。核熱ロケットは化学推進に比べ、2~5倍も効率が高くできると期待されている。これにより、月に大質量の物資を送り込んだり、有人火星探査を実現したり、無人探査機を太陽系の果てに飛ばしたりなど、これまでのロケット技術では難しかったミッションが可能になる。

たとえば、現在の技術では、地球から火星まで行くのに最短でも約半年かかるが、これを4か月にまで短縮することができる。航行期間が短くなれば、宇宙船に乗っている宇宙飛行士が浴びる宇宙放射線の量を減らすことができ、健康上のリスクを軽減できる。ちなみに、エンジンからの放射線量は宇宙放射線に比べると少ないため、飛行時間が短くなるほうが被ばく量は少なくできる。

また、搭載できる科学機器や物資が増えたり、エンジンを発電にも使うことで、太陽電池などによる発電よりも多くの電力を得られたりといった利点もある。

現在NASAなどは、将来的に有人火星探査の実現を目指した国際宇宙探査計画「アルテミス」を進めており、火星へより早く行ける、効率的な輸送技術である核熱ロケットの実用化は、その実現を左右する鍵となる。

  • 核熱ロケットエンジンの模式図

    核熱ロケットエンジンの模式図 (C) NASA

また、DARPAはもともと、「DRACO(Demonstration Rocket for Agile Cislunar Operations)」という核熱ロケットの開発プログラムを民間企業などと進めており、その計画にNASAが加わる形となった。

今回のNASAとDARPAとの合意では、DARPAはロケットシステムの統合と調達、認証、スケジュール管理、保安といったプログラム全体を主導。NASA は、核熱ロケットエンジンの技術開発を主導する。

今回の発表では、早ければ2027年にも、実際に宇宙空間で噴射し飛行する実証試験を実施したいとされている。

また米国宇宙軍は、この実証ミッションの地上から宇宙への打ち上げロケットを提供する目的で、DRACOへの支持を表明している。

NASAのビル・ネルソン長官は「NASAはDARPAと協力して、早ければ2027年にも先進的な核熱ロケット技術を開発し、宇宙で実証する予定です。この新しい技術によって、宇宙飛行士はこれまで以上に速く深宇宙を行き来できるようになるでしょう。これは将来の火星への有人飛行ミッションを実現するのに必要な重要な技術です」と語る。

核熱ロケットは1950~70年代に、米国とソ連でさかんに研究され、試験用エンジンが造られたうえに地上での噴射試験まで行われた。米国ではアポロ計画以降に計画されていた有人火星探査への使用を、またソ連では有人月飛行用のロケットの上段エンジンとして使うことが考えられていたが、いずれも実用化までに膨大な開発費が必要なことや、そもそも有人月・火星飛行計画が打ち切られ必要性がなくなったこと、安全面などから中断。実用化には至っていない。ただ、当時の知見は、今回の開発においても教訓として活用されるという。

NASAは近年、宇宙における原子力の利用に向けた研究・開発を加速しており、原子力ロケットのほか、米国エネルギー省や民間企業などと連携し、月面や火星で使用する発電用原子炉の開発も検討している。またエネルギー省とは、より高性能な核熱ロケットエンジンの開発に向けた検討も行っている。

さらに、小型原子炉で発電した電気を使って、イオン・エンジンやプラズマ・エンジンなどの電気推進エンジンを動かす形式の原子力ロケットの構想もある。

なお、原子力ロケットにはこのほか、宇宙船の後ろで核爆弾を連続して爆発させて推進する「核パルス・ロケット」というのもあるが、大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約、通称「部分的核実験禁止条約」により、実現は困難となっている。

参考文献

NASA, DARPA Will Test Nuclear Engine for Future Mars Missions | NASA
DARPA, NASA Collaborate on Nuclear Thermal Rocket Engine
Demonstration Rocket for Agile Cislunar Operations