韓国航空宇宙研究院(KARI)などは2023年1月12日、月探査機「タヌリ」が撮影した、月の「シャックルトン」クレーターにある永久影に覆われた領域の画像を公開した。

永久影には水(氷)が埋蔵されていると考えられており、どこにどれだけ眠っているかを探ることは、将来の有人月探査や月面基地の建設に役立つ。タヌリは従来の探査機の200倍もの感度をもつカメラを使い、隠された水の探索に挑む。

  • 韓国の月探査機「タヌリ」が撮影した月のシャックルトン・クレーターにある永久影の領域

    韓国の月探査機「タヌリ」が撮影した月のシャックルトン・クレーターにある永久影の領域。超高感度カメラを使うことで、影に覆われているにもかかわらず、地形などをはっきり写すことができる (C) NASA/KARI/Arizona State University

月の永久影と水

タヌリは2022年8月に打ち上げられた、韓国初の月探査機である。同年12月に月を回る軌道への投入に成功。現在は、本格的な科学観測に向けて搭載機器などのチェックや試験を行っている段階にある。

タヌリには6つの観測機器が搭載されており、そのうちのひとつに、米国航空宇宙局(NASA)とアリゾナ州立大学が開発した「シャドウカム(ShadowCam)」というカメラがある。シャドウカムは、暗い場所でもまるで普通の写真のように撮影できる超高感度カメラで、月の南極、北極付近にある永久に影に覆われた領域を撮影することを目的としている。

月の自転軸は1.5度しか傾いていないため、地球のような季節はほとんど存在しない。とくに北極や南極付近(極域)では、太陽が地平線上につねに見えており、夜明けから夕暮れの状態が繰り返し続いているような状態にある。そのため、極域にあるくぼんだ地形の場所、たとえばクレーターの奥底などには、半永久的に太陽の光が当たらない「永久影」と呼ばれる領域が発生する。

この永久影内の温度は、水が月で安定して存在し続けられる110K未満になっており、たとえば彗星や水を含んだ小惑星などが衝突すれば、水が氷の状態で保存され続けている可能性がある。

月に水があるかどうかは、科学的に興味深い事柄であると同時に、将来の有人月探査や月面基地の実現の鍵も握っている。水は人が生きるうえで必要不可欠なものであり、また電気分解すれば水素と酸素を取り出せるため、人が生きるための空気やロケットの推進剤(燃料と酸化剤)を作り出すこともできる。月に水がなければ、わざわざ地球から持ち込まなくてはならず、そのためのロケットや輸送船を飛ばさなければならない。だが、もし現地調達ができるならその必要がなくなり、月で人が生活しやすくなる。

タヌリはまさに、そんな人類の未来の可能性を探るため、月へ赴いたのである。

  • タヌリの想像図

    タヌリの想像図(C) KARI

タヌリが捉えたシャックルトン・クレーターの永久影の領域

そして今回、タヌリはシャドウカムの試験運用を兼ねて、月の南極付近にあり、そして内部に永久影の領域がある、シャックルトン・クレーターの内部を撮影した。

公開された写真からは、シャドウカムがその超高感度性能を発揮し、影に覆われて真っ暗な場所であるにもかかわらず、地形などがはっきり写っていることがわかる。

シャドウカムが最初のターゲットにこのクレーターを選んだのには、その出自が関係している。シャドウカムの設計は、2009年にNASAが打ち上げ、現在も運用している月探査機「ルナー・リコネサンス・オービター」の「ナロー・アングル・カメラ(NAC)」をもとにしており、NASA曰く「兄弟のような関係」だという。このNACが初めて月で撮影したのもシャックルトン・クレーターだったため、その画像と比較することで、シャドウカムの性能の試験や校正の指標となるとしている。

もっとも、NACは通常のカメラのような性能をもっていたが、シャドウカムはNACの200倍もの感度をもつように改造されており、周囲の地形でぼんやりと反射する光を利用して、永久影の中を撮像できる。これはフィルム写真でたとえると、粒子を増やさずにISO 100から1万2800以上に上げることと同じだという。

このため、NACでシャックルトン・クレーターを写しても、太陽光で直接照らされた明るい縁の部分しか写らず、内部の永久影の領域は文字どおり真っ黒にしか撮れなかった。逆にシャドウカムは、真っ暗な永久影の中を撮れる一方、感度が高すぎるために、太陽光で直接照らされた部分を撮影すると真っ白になってしまう。

NACはこれまでに、永久影の領域を除く月のほぼ全域を、メートル単位の解像度で撮影することに成功している。一方シャドウカムは、永久影になっているすべての領域を2m超の解像度で撮影し、氷や霜といった形で眠る水を探したり、時間や季節による変化を探ったりすることを目指している。まさに兄弟が力を合わせるように、似て非なる2つのカメラがそれぞれの特性を活かし、月の全貌を明らかにしようとしているのである。

もっとも、今回撮影された画像に写っている大部分の領域は、夏の時期には温度は110Kを超えてしまう。そのため、この画像に氷や霜が露出している様子が写り込んでいる可能性はそれほど高くない。しかし、同じシャックルトン・クレーター内の他の領域や、さらに別のクレーター内では、氷や霜が見つかるのを待っているかもしれず、その検出に向けた試験、校正のため、この画像はきわめて重要なものといえる。

タヌリのミッション期間は約1年を予定する。その観測データは、地表を走って水を探すNASAの月探査車「VIPER」(2024年打ち上げ予定)の探査候補地や、国際有人月探査計画「アルテミス」で宇宙飛行士が降り立って探査する候補地の選定など、今後さまざまなミッションに活用されることになる。

  • タヌリが撮影した、月からの地球の出

    タヌリが撮影した、月からの地球の出 (C) KARI

参考文献

ShadowCam ・ Seeing in the Shadows
https://www.kari.re.kr/cop/bbs/BBSMSTR000000000011/selectBoardArticle.do?nttId=8603&kind=&mno=sitemap02&pageIndex=1&searchCnd=&searchWrd=
Korea’s first step toward lunar exploration