デジタル庁は10月のデジタル月間に合わせて、同庁のミッションである「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化」に貢献している、または今後貢献すると思われる個人や企業・団体の取り組みを表彰する「good digital award」を発表した。
本稿では、高専(高等専門学校)を対象に毎年開催しているディープラーニングコンテスト、通称「DCON(ディーコン)」の取り組みが、good digital awardの教育部門で最優秀賞に選ばれた、日本ディープラーニング協会(以下、JDLA)の取り組みについて紹介しよう。
高専生が参加するディープラーニングのコンテスト
DCONは全国の高専生を対象に開催している、高専生が持つモノづくりの技術とディープラーニングを組み合わせた作品を評価するコンテストだ。このコンテストの面白い特徴が、作品によって生み出される事業としての価値が企業評価額として競われる点だ。
コンテストは一次選考、二次選考、本選の3つのステップで進む。一次選考はディープラーニングを活用して社会課題の解決に資するアイデアをエントリーシートとして提出するアイデアソンだ。ここで勝ち上がったチームが二次選考に進む。
二次選考では、ハッカソンとしてアイデアからプロダクトを作成する。ここでは、計算資源やツール、半導体などプロダクト開発に必要となるリソースをコンテスト事務局から提供するという。また、二次選考からはアイデアの実現をサポートするために、ディープラーニングの知見を持つ社会人やテクニカルアドバイザーからの助言が得られるようになる。
二次選考を勝ち抜いていよいよ本選へと進むと、プロダクトの技術審査とビジネスピッチに挑むことになる。本戦出場チームには起業経験を持つ社会人のメンターが割り当てられるため、普段学校では学べないようなビジネス目線でのアドバイスがもらえる。チャットツールなどを使って、いつでも質問できる仕組みを構築しているそうだ。
ビジネスピッチは現役のビジネスキャピタリストが審査員を務め、ビジネスの企業評価額によって優勝チームが決められる。最優秀賞となったチームには企業資金100万円が授与される。過去大会の出場チームからすでに4社が起業しているという。
予想以上にすごいぞ、高専生
JDLAでDCONの開催を担当する海野紗瑶氏は、DCONに携わった感想について「まず最初に『高専生ってすごいな』と思ったのが正直な感想。もともと高専生に期待して開始したコンテストではあるが、成果が出るまでのスピード感は予想以上」と語っていた。
DCONは2020年に本格的にコンテストを開始し、2022年で3回目の開催を迎えたのだが、出場チームのレベル感は年々高まっているそうだ。現在予選が進行中の2023年大会では、一次審査に出場したほぼ全てのチームが審査を通過できる言ってもいいほど高いレベルのアイデアを提出している。結果的には、全42チーム中37チームが審査を通過したが、これは過去最多だ。
また、先にも述べた通り、DCONをきっかけに起業したチームがすでに4社ある。現在起業準備中のチームも2組あるとのこと。高専生が持つ知識や技術とディープラーニングを組み合わせることで、社会課題の解決に寄与できる例が少しずつ見られ始めている。
最近では、出場経験のある学生が研究室の仲間や後輩にノウハウを教えるなど、チームや参加学生の輪を学生自らが広げていく様子もみられるという。
海野氏は「今後は、各高専にロボコン部があるようにDCON部も作られていくことを期待している。現在われわれはDCONを50年間続けることを目標に活動しており、高専ロボコンや甲子園大会のように、人生の指標や目標となる大会にしたい」と将来の展望を語る。
甲子園を目指して野球を始める小学生がいるように、DCONへの出場を目指してディープラーニングやモノづくり学び高専へ進学する子ども達を増やすのが夢だという。
「DCONに出場するために高専に進学した」「DCONの強豪校に進学したい」「父や兄が卒業したあの高専で自分もDCONに出たい」――そんな声が聞こえる日が待ち遠しい。
なぜJDLAが高専生を対象にコンテストを実施するのか
コンテストを主催するJDLAは、ディープラーニングを中心に日本の産業の競争力向上を目指し活動している協会である。ところが、ディープラーニング産業は米中を中心に進んでいるのが現状であり、日本は後れを取っている。
そうした中で、JDLAは「モノづくりが日本の強みであり、国際競争での勝ち筋である」との考えから、ディープラーニングとモノづくりを組み合わせた企画に着手したという。そこで目を付けたのが高専生だ。
このコンテストは、高専生が持つ機械や電気の技術にディープラーニングを活用することで、新たな事業を生み出す目的があるとのことだ。さらには、ディープラーニングが社会課題を解決し得る技術であることを周知する目的もある。
高専生といえば、中学3年生の時点ですでに技術者への進路を決めて歩み始めている人材だ。早い段階から機械や技術に興味を持ち勉強しているので、モノづくりへのモチベーションが非常に高いという強みがあるのだという。また、数学への理解が深く、ディープラーニングの実装段階で必要となる数理モデルを習得できるポテンシャルが高い。
さらに、試行錯誤に対する耐性が高く、日々の授業の中でも、実験で失敗を繰り返しながらモノづくりを進める過程に慣れている点も、DCONにはうってつけと見ていた。ディープラーニングの実装においても、モデルの精度を高めるためにはトライアンドエラーが必須であり、パラメータを何度も変えながら実験を繰り返す必要がある。そうしたマインドセットなども鑑みて、JDLAは高専生を対象としたディープラーニングコンテストの開催を決めた。
DCONに出場した高専生の声 - 一関高専 Team MJ
DCON2022本選では、一関高専のTeam MJが作成した、認知症を早期に発見するデバイス「D-walk」に過去最高額となる10憶円の企業評価額が付き、最優秀賞に選ばれた。インソール型の足圧センサーから加速度を取得して、認知症患者に特徴的なすり足歩行やふらつきを検出する仕組みだ。Team MJからは、次のような喜びのコメントが届いた。
DCONに参加したきっかけは?
「もともとチームメンバーの一人が、歩き方から認知症の前段階であるMCI(軽度認知機能障害)を推定する研究を行っていました。先輩がDCON2021の本選に出場していたこともあり、研究内容にディープラーニング技術を組み合わせた内容でDCON2022に応募しようと考えました。DCONに応募する際に、ディープラーニングについて豊富な技術と知識があるメンバーを誘ってチームを結成しました」
DCONに参加して得られた経験は?
「事業計画の立て方や、プロダクトをどのように売るかという、ビジネス面での知識が得られました。DCONではモノづくりの技術の高さだけでなく、実際にビジネスとして成り立つかや、売れるかどうかも企業評価額・投資額として評価されます。僕たちは知識が全く無い状態からスタートしたのですが、先輩起業家であるメンターに指導していただいたことで、学校の授業だけでは学ぶことができないビジネス的な側面から物事を考えられるようになったことは、非常に大きな経験でした」
「また、DCONに参加したことによって、『起業』を自身の進路の一つとして強く意識するようにもなりました。以前は就職か進学のどちらかの選択肢しか考えていませんでしたが、ビジネスプランを練っていくうちに、自分達のプロダクトを売りたい、起業してみたいという思いが生まれてきました。DCONによって非常に大きな良い影響を受けたことは間違いありません」
最優秀賞に選ばれたときの気持ちは?
「自分達のチームに10億円という企業評価をいただいた時、喜びよりも驚きの方が大きかったです。これまで、自分達が作ったものに億単位の金額で評価を付けられる経験をしたことがなかったので、最初は現実味がありませんでした。現在は、大会に向けて先生やメンター、チームメンバーと作りあげたプランとプロダクトが最優秀賞、歴代最高の企業評価額と投資額として評価していただいたことを素直に嬉しく思います」
今後の事業の展望は?
「これから、DCONで発表したMCI早期発見&予防デバイス『D-walk』を主たるプロダクトとして起業する予定です。D-walkは歩行からディープラーニングを用いてMCIの兆候を検知します。認知症の初期段階であるMCIの時点で適切な治療を行うことで、2年間で約40%の方が回復するため早期発見は重要です」
「今後のビジネスプランとしては保険会社に売っていくことを想定しています。認知症保険と絡めて被保険者の方に使っていただくことで、被保険者の方はMCIを予防できます。また、保険会社側はD-walkによってMCIになる人数を減らせるため、一時金の支払いを抑え、なおかつMCIの回復率が向上するため我々にD-walkの使用料を支払ったとしても増益する構造を作れるはずです。DCONで最優秀賞をいただいただけで終わらせず、これをスタートラインと捉えて、これから起業・事業化に向けてチーム一丸となり頑張っていこうと思います」