ESG(環境、社会、ガバナンス)/SDGs(持続可能な開発目標)に特化した非財務データの管理・分析ツール「TERRAST」を提供するサステナブル・ラボ。2019年に設立した同社は2021年からツールの一般提供を開始し、2022年にはSAPのERPソリューションとの連携を発表した。

同社CEO(最高経営責任者)の平瀬錬司氏は、農業や人材育成、ソーラーシェアリングなど複数分野での起業を経験してきた。だが、現在に至るまでの道のりは順風満帆ではなかった。

「世の中を良くしたい」という想いで、社会起業家として歩んできた平瀬氏に、これまでの経験や失敗談とともに起業を成功させるためのポイントを聞いた。

  • サステナブル・ラボ CEO 平瀬錬司氏

    サステナブル・ラボ CEO 平瀬錬司氏

プロフィール
大阪大学理学部卒業。在学中から環境、農業、福祉などサステナブル領域のベンチャービジネスに環境エンジニアとして携わる。サステナブル領域において2社のバイアウト(事業売却)を経験。2019年、サステナブル・ラボを設立。

宇宙飛行士を目指すも挫折し、ITベンチャーに飛び込む

--事業内容について教えてください

平瀬氏(以下、敬称略):企業の非財務データを管理するためのツール「TERRAST」、「TERRAST for Enterprise」を開発・提供するほか、大学や自治体と連携してESGやSDGsの観点から見た企業価値評価の研究を行っています。

事業会社はツールを活用してカーボンニュートラルや人的多様性など非財務領域の数値を同業他社と比較し、自社の取り組みを改善することが可能です。金融機関はさまざまな企業の非財務データを閲覧・分析できます。

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従来、企業価値の評価では経済合理性が重視され、ESG/SDGsをはじめとした企業の非経済的な価値は注目されていませんでした。当社では日本最大のESGデータベースを構築し、AIとビッグデータを活用して、ESGやSDGsの観点から見た企業価値に光を当てたいと考えています。

--複数社の起業を経験されていますが、元々、経営者や起業家を目指していたのですか?

平瀬:実は、学生時代は宇宙飛行士になりたかったんです。『アルマゲドン』という映画を観て、飛来する小惑星を破壊して地球を救うストーリーや地球のために宇宙で仕事をする登場人物たちに魅せられました。宇宙飛行士を目指すための第一歩として物理学者になるため、大学では物理学を専攻しました。

でも、二十歳の頃に挫折し、宇宙飛行士は諦めました。宇宙飛行士を目指すライバルには、学力や知性がありコミュニケーション能力も高く、数カ国語を喋れて、身体能力もオリンピック級といった人が多くいて、「自分にはなれないな」と思ってしまったんです。

就職活動の時期が迫るけれど企業で働くイメージは湧かず、研究を続けたいわけではなく、どう生きていくか迷っていました。

その頃、東京の大学に行った友人がITベンチャーを学生起業したのを知り、その会社に参加したのが、起業家としてのキャリアのスタートでした。

--ベンチャー企業での経験で得たものは何でしょう?

平瀬:社員数が少ない会社だったので、顧客開拓やセールスの交渉、プレゼンのための資料づくり、提供するサービスの企画、データ分析などさまざまなことを経験できました。

その一方、同じような若いベンチャー企業の経営者と交流する中で、「自分はそんなに商才がある方ではないな」と自覚することもできました。

IPO(新規株式公開)をして、豪華なマンションに住むといった、当時のベンチャー社長のロールモデルに関心を持てなかったこともあります。宇宙飛行士を目指した頃のモチベーションが強く残っていて、金銭的な成功というよりも「何かをなして世の中を良くしたい」という気持ちの方が勝っていたのだと思います。

2007年にやりがいやイノベーションを求めて、ビジネスコンテストで出会った仲間と農業テックの企業を共同創業。事業が軌道に乗った後に同社をスピンアウトし、2009年以降はソーラーシェアリングや農業と介護の人材育成、地域活性と寄付プラットフォームなどの分野で、自ら先導して会社を作っていきました。

「何でも屋」の経験が裏目に、人を頼れず組織づくりに苦労

--自身で起こした会社では経営者として何をしましたか?

平瀬:1~2社目で「何でも屋」のようにさまざまな仕事をこなしてきた経験を生かして、事業企画や資金調達はもちろん、製品づくりやセールス、人材採用、教育、会社の規定づくり、人がいない時には経理などのバックオフィス業務もすべてやっていました。

また、大学在学中に統計物理学の授業や実験をこなしてきたので、データ分析の基礎があり、コードも多少書けたので、サービスの基盤となる分析モデルを作ったりもしました。

--振り返ってみて、反省点はありますか?

平瀬:器用貧乏でいろいろとできてしまったからこそ、人を頼れなかったことです。また、「社長とは孤独なものだ」と決めつけて、同じ会社の仲間に弱みを見せられず、自分が大変な時も助けを求めてませんでした。

そんなことが続くと、会社が成長するほどに寝る時間もなくなり、自分の態度も刺々しくなって、社内の雰囲気などもギスギスとしていきました。

また、自分の中に「世の中を良くしたい」という強い想いがある一方、社員も同じ視座で仕事をしないことに苛立ち、独善的な態度も取ってしまっていました。人を雇ってもすぐに辞めてしまうことが多く、組織づくりにはとても苦労しました。

--どのようにして、その状況から抜け出せたのですか?

平瀬:ハードな状況に直面してダメだなと思うことが何度もあったのですが、その度に「どうすればうまくいくんだ?」と内省して、少しずつ行動を変えていきましたが、そんな簡単に突破できたわけではなくて…。

ある時、知った「早く行きたければ1人で行け。遠くへ行きたければ皆で行け」という言葉は、1つのきっかけだったように思います。自分が行こうとしているのは遠い道のりで、1人で行けるほど甘くないし、1人で行っても楽しくないと気付かされました

それ以降、自分の仕事は「ビジョンを掲げ、仲間を集め、仲間を信頼して全力で応援すること」と定義して、社内外を問わず良い仲間をつくること、社会と顧客のペイン(課題・悩み)を解決できる価値を考えることだけに集中するようにし、他の仕事はほぼ完全に手放して社員に担当してもらいました。また、困ったことがあったら社員にすぐ頼るようにしていきました。

事業構想をビジネスに昇華させる「360度の対話」

--サステナブル・ラボを立ち上げたきっかけは?

平瀬:ソーラーシェアリング事業を手掛ける企業をバイアウトした2018年に、国内でESG投資の重要性を広めた研究者の1人である京都大学の加藤康之教授と出会ったことです。「グリーンファイナンスがお金の流れを変える」という話を聞き、世の中の経済の在り方が、オセロのように全てひっくり返るようなパラダイムシフトが起こるのではないか、と衝撃を受けました。

そして、企業のESG/SDGs情報のデータを集約した「データの海」が存在しないことがESGの重要課題の1つであることを知りました。

複数の領域で起業を経験する中で、「世の中を良くしたい」と活動する愚直な事業家が必ずしも報われていない現状を見聞きしてきたので、「お金の流れを変える新しい社会インフラを作ることが、自分の人生をかけた使命になるんじゃないか」と思い至り、当社を立ち上げました。

--起業時に何から着手されましたか? また、これまでの経験を踏まえて取り入れたことを教えてください

平瀬:人材集めと投資家からの資金調達に着手しました。事業を素早く起こすうえで、まずは人手と資金が必要だったからです。また、事業やビジョンを示すことで世の中の人々がどんな反応をするのか知りたく、壁打ちをするためにも多様な人材や投資家と対話したかったという意図があります。

人材や投資家に出会うまでの道のりは決して無駄なものではなく、起業に必要な助走期間と捉えています。ミスマッチであろうとも、とにかくいろんな人に会ってみて、自分の想いや構想をぶつけてみる。その反応を基に、自分の覚悟や想いを磨き続け、ビジョンやミッションとして明文化していきました。

実際にチームをつくっていくときには、弱くてダメなところをさらけ出し、その上で、「共に遠くまで付いてきてほしい」と率直に伝えていくようにしました。

--事業を展開する中で大変だったことは?

平瀬:最初の顧客を見つけることです。「点と点がいつか線につながる」と信じて、あらゆる機会、あらゆる相手にオープンマインドで向き合いました。野球の千本ノックのつもりで、事業開始時はできることを全部やる、会える人には全員会うことが必要だと思います。

さまざまな対話の機会を経て、自分が想定していたニーズや課題と実態とのズレを知れたり、思わぬところから良い出会いを紹介してもらえたりします。

--構想していた事業を、ビジネスとして成り立たせる際のポイントやコツを教えてください

平瀬:共感してくれる人だけでなく反対する人も含めて、あらゆる相手と徹底的に議論する、360度の対話が重要だと思います。

「今の自分が正しい」という思い込みを捨てて、事業についてさまざまな意見をもらうことで構想がアップデートされます。

根本にある哲学や理念を曲げてはいけませんが、常に変わり続ける姿勢を持つことが、構想をビジネスにまで昇華させるうえでのポイントだと考えます。変わらないために、変わり続けるということです。

--2023年以降はどのようなことに取り組みますか?

平瀬:現在の日本は、ESG/SDGsの重要性が標語的に認知される「ESG1.0」から、あらゆるビジネス判断プロセスの実務にESG/SDGsデータが実際に組み込まれる「ESG2.0」への移行期にあると捉えています。

しかし、上場・非上場を問わず、ほとんどの企業は自社のESG/SDGs情報のどこにどのように注目していいかわかりません。それもそのはずで、ESG経営を実践するうえでのキードライバーは研究段階にあり、ESGの専門家も少ないからです。

そうした企業の一助となるよう、当社も大学やシンクタンクと共同研究をしています。2023年の初頭には、某自治体と共同で実施した中小企業にとっての重要なESG指標に関する研究結果を公表する予定です。

ビジネス面では、あらゆるビジネスレイヤーの各取引に「それはソーシャルグッドなのか?」という視点を織り込んでいけるよう、より多くの事業会社に当社のツールを提供していきたいです。具体的には、国内の大手・中堅企業1万社以上への導入を目指し、国外での展開パートナーの確保などを進めていきます。