来年10月にスタートするインボイス制度
今年も残すところ1週間を切った。昨年の今ごろは、改正電子帳簿保存法への対応、その後のインボイス制度への対応も念頭に、ということで世間を賑わせていたのも記憶に新しい反面、1年の経過が早すぎることを実感している。
改正電帳法やインボイス制度には、経理システム自体のクラウド化、ひいてはDX(デジタルトランスフォーメーション)が必要になるものの、舵を切る(厳密には切れる)企業が少ないのも実情だ。しかしながら、来年10月にはインボイス制度がついに始まる。
ここで一度、インボイス制度についておさらいすると、同制度は適格請求書(インボイス)と呼ばれる一定の条件を満たす請求書や領収書などのやりとりを通じ、消費税の仕入税額控除をできるようにする制度。事業者間の取引における請求書などの発行や保存のルールが従来とは異なる。
各企業でインボイス制度への理解を深めるためのセミナーや、制度に対応したサービスの提供など試行錯誤を凝らしているが、制度への対応の前提となる経理のクラウド化、DXに加え、実務そのものの変化に対する切り口での話はあまり聞かない。
そこで、本稿では企業における経理DXと、インボイス制度に関する実務の変化について、マネーフォワード 執行役員 経理本部 本部長の松岡俊氏に話を聞いた。
松岡 俊(まつおか しゅん)
株式会社マネーフォワード 執行役員 経理本部 本部長
1998年にソニー株式会社に入社。各種会計・税務業務に従事し、決算早期化、基幹システム、新会計基準対応PJなどに携わる。
在職中に、中小企業診断士、税理士および公認会計士試験に合格。2012年以降は、イギリスにおいて約5年間にわたる海外勤務経験をもつ。2019年4月より、マネーフォワードの財務経理共同本部長として参画。2020年公認会計士登録。
意外にも3年前まではアナログ処理だったマネーフォワードの経理
--まずは、マネーフォワードの経理について教えてください。
松岡氏(以下、敬称略):実は2019年までは紙とハンコによるプロセスが多かったです。
例えば請求書は紙で受領し、事前申請などの番号をペンで手書きして、上長にハンコを押してもらい、経理部に箱が積み上がり、それを経理がハンコを押して仕訳をExcelに打ち込み、また番号を手書き・ファイリングしていました。
インターネットバンキングの支払いもCSVをアップロードし、アナログなやり方なのでファイルの間違いや二重支払いなどさまざまなリスクがありました。労務では経理と連携が多いのですが、メール添付やチャットでセンシティブな給与情報のファイルを送付するなど、労務と経理とのやり取りに関しても潜在的なリスクはありました。
マネーフォワードは、2012年に設立しました。2019年ごろは主に個人事業主や中小企業を対象にバックオフィスSaaS「マネーフォワード クラウド」を提供していたことから上場して規模が大きくなっている自社での活用が難しく、一部Excelで構築したマニュアルのプロセスを引きずっていました。そのため、バックオフィス担当の社員は疲弊し、残業も多く、有給休暇も満足に取得できていませんでした。
そこから、プロダクト自体も中堅企業やIPO準備企業、上場企業などにも対応できるようにアップグレードしました。
小さい成功体験を積み、全社に横展開
--マネーフォワードで、そのような状況だったとは意外すぎて正直驚いてます。その後は、どのような形で経理DXを進めたのでしょうか?
松岡:まずは、経理部門に財務会計、債務支払い、固定資産など全般的に自社の「マネーフォワード クラウド」を導入しました。
当初はプロダクトの機能不足なども懸念されましたが、クラウドサービスであることから時間の経過とともに、機能強化・追加されていったため、現在では残業時間は5割弱削減しているほか、従業員の満足度も高い状態です。
マネーフォワードに限らず、経理のプロセスを大幅に変えるのは、なかなか腰が重い話です。というのも経理だけでなく、全社を巻き込んだチェンジマネジメントが必要になるからです。
会社の規模が大きくなり、従業員も増加していけばいくほど、ハードルが高くなることは感じました。会社の規模が大きくなり、従業員も増加していけばいくほど、ハードルが高くなることは感じました。そのため、できるだけ早いタイミングで改善に着手することは重要です。
安心感からか企業の経理部門では紙・ハンコ信仰が一部あるとは思いますが、海外では電子化が進んでいます。経理の電子化を一気に全社で取り組むことが怖いのは理解できますし、急にプロセスを変えることに戸惑いを覚える方も多いと思います。
--確かに腰も重いですし、戸惑う方もいらっしゃいますが、対応の必要に迫られているのも事実です。導入はどのくらいの期間でしたか?
松岡:なかなかデジタル化に踏み切れない企業もありますが、インボイス制度をはじめ、法改正を理由付けの1つとして、DXを進めるきっかけにしてほしいと感じています。
急な変化によるインパクトが怖い、という声もあると思いますが、例えば特定の部門でスモールスタートし、小さい成功体験を積んだうえで全社に横展開していけば比較的スムーズに変えていけるのではないでしょうか。
例えば、受け取り請求書の処理をデジタル化する改善を行った際は、まずは最初の1カ月はどのようにやるのかプロセスを考え、一部の部門にテスト導入して問題・課題を洗い出し、設定に変更を加えて、2カ月目に全社導入しました。
自社で仕様を考えるシステムだと、こうはいきませんがクラウドサービスだから2カ月で完了できたのではないかと感じています。その後、グループ会社もプロセスを標準化して短期間で導入することができました。
スクラッチ開発だとカスタマイズはできますが、時間を要してしまいます。その点、クラウドであれば、システムにプロセスを合わせていくことだけに注力すればいいため、開発やテストが必要なく、全体で同じマニュアルが使えます。