中国が宇宙ステーションの部品の打ち上げに使った大型ロケット「長征五号B」の残骸が、2022年7月31日の未明(日本時間)、インド洋上空で大気圏に再突入した。

懸念されていた地上への被害はなかった。

今後も少なくとも2回、同様の事態が発生する見通しで、米国航空宇宙局(NASA)などは「責任ある宇宙利用と、人々の安全を確保するための行動を取るべき」と非難する声明を出している。

  • 「長征五号B」ロケットの打ち上げ

    「長征五号B」ロケットの打ち上げ。このロケットの第1段機体が大気圏に再突入した (C) CMSE

長征五号Bの第1段機体の大気圏再突入

長征五号Bロケットは7月24日に、中国が建設中の宇宙ステーションに向け、新しいモジュール「問天」を載せて打ち上げられた。

打ち上げは成功したが、機体の一部が残骸として軌道に残留。その後、大気との抵抗で徐々に高度を落とし、無制御の状態で大気圏に再突入することとなった。

軌道上の物体を監視している米国宇宙コマンドによると、長征五号Bの第1段機体は日本時間7月31日1時45分ごろ、インド洋上で大気圏に再突入したという。

一方、当事者である中国有人宇宙飛行工程弁公室は、「日本時間7月31日1時55分ごろに再突入し、機体の大部分は熱によって破壊されたことを確認している」と発表している。

また同時刻ごろには、ボルネオ島北部のマレーシアのクチンの上空で、再突入した機体とみられる巨大な流星が目撃されている。

現時点で地上への落下などの被害は報告されておらず、中国の主張どおり大部分は燃え尽きたか、燃え残った破片も海に落下したものとみられる。

再突入が確認されたあと、米国航空宇宙局(NASA)のビル・ネルソン長官は、「中国は、長征五号Bロケットの再突入において、詳細な軌道情報を共有しなかった」と、非難する声明を発表。

「宇宙開発にかかわるすべての国は、このような事態が起こる際、確立された最善慣行に従って情報を事前に共有し、燃え残った破片が地上に落下するリスクについて正確な予測が可能になるよう、責務を果たすべきである。とくに、長征五号Bのように、人命や建物に被害を与えかねない、大きなリスクを伴う大型ロケットの機体の場合であればなおのことである」。

「これは、責任ある宇宙利用と、地球上の人々の安全を確保するために重要なことである」。

今後も少なくとも2回は同様の事態か?

長征五号Bは中国が運用する大型ロケットで、全長は53.7m、メインの機体の直径は5m。地球低軌道に最大約23tの打ち上げ能力をもっている。この打ち上げ能力を生かし、宇宙ステーションのモジュール(部品)など、大型の宇宙機の打ち上げに使われている。

この目的のため、長征五号Bは第1段機体(コア機体)に4本の補助ロケット(ブースター)を取り付けた、「1.5段式」というシンプルな構成をしている。この仕組みは、飛行中にエンジンを点火する必要がないうえに、飛行中に分離する部品も少なくできるため、打ち上げ失敗や延期のリスクを小さくできるというメリットがある。

しかしその反面、搭載していた宇宙機とともに、大きな第1段機体も軌道に乗り、残留してしまうという欠点がある。人工衛星を打ち上げたロケットの機体の一部が軌道に乗ること自体は当たり前のことだが、長征五号Bの第1段機体は全長33.2m、直径5.0m、そして質量約20tと、他のロケットが軌道に残す機体と比べ、数倍から10倍ほども大きい。

こうして軌道に乗った物体は、大気との抵抗で徐々に速度と高度が落ち、いずれ地球の大気圏に再突入する。一般的な大きさのロケット機体であれば、再突入時の熱で燃え尽きる。しかし、長征五号Bの場合はあまりにも大きいため、完全には燃え尽きず、たとえば熱に強い材料で造られたロケットエンジンなどは燃え残ってしまい、破片が地表に落下する恐れがある。また、こうした場合に「いつ」、「どこに」落ちるのかを正確に予測することは難しく、再突入の直前でも1時間近い誤差があり、正確な時間が判明するのは再突入後となる。

他国のロケットでは、万が一にも燃え残りそうなロケットを打ち上げた場合には、人家のない海などに狙って落とす「制御落下」という運用を行うが、長征五号Bには制御落下を行うための装置は搭載されておらず、自然に落下するのを見守る他ない、まさに「後は野となれ山となれ」の状態となっている。

長征五号Bは今回を含め、これまでに3機が打ち上げられており、2020年の1号機、2021年の2号機の打ち上げでも、今回と同じく大きな騒ぎとなった。とくに2020年の際には、西アフリカのコートジボワールに、燃え残った配管の破片のようなものが落下。幸いにも人的被害は報告されていない。

中国は今後、少なくとも2機の長征五号Bの打ち上げを計画しているが、中国が制御落下などの対策を取らない限り、同様の事態が発生することになる。

地球は大部分が海であり、陸地の中で人が住んでいる場所も限られているため、落下した破片が人に当たる確率はきわめて小さい。しかし、被害をもたらす危険性がわずかでもあることを承知で、巨大な機体を軌道に放置し、あとは自然に任せて落ちるのを待つというのは非常に無責任と言わざるを得ない。

  • 長征五号Bロケットの第1段機体

    長征五号Bロケットの第1段機体(画像は過去の打ち上げのもの) (C) CASC

ただ、今回のような事態の阻止や、万が一人や財産に被害を与えた際の保証などについては、法整備が追いついていないのが現状である。

たとえば2007年には国連が「国連スペースデブリ低減ガイドライン」を定め、「軌道上から物体を除去する際に、人間や財産に不当なリスクを課さないことを保証するために十分な配慮が払われなければならない」と記されている。また、2019年に採択された「宇宙活動に関する長期持続可能性(LTS)ガイドライン」では、宇宙物体の非制御再突入に伴うリスクを取り扱う対策を取ることが、加盟国が自主的に実施すべき最善慣行として定められている。ただ、これらに法的拘束力はない。

米国や日本などにおいては、それぞれの政府や宇宙機関などが自ら、より厳しい自主規制に定めているが、中国にはない。

また、宇宙からの物体の落下をめぐっては、国連が定めた「宇宙物体により引き起こされる損害についての国際的責任に関する条約」、通称「宇宙損害責任条約」において、宇宙から落下した物体が損害を与えた場合、その物体を打ち上げた国が責任を負い、賠償を行うことが規定されている。これは、1972年にソ連の衛星がカナダに墜落した事件を受けて定められたものである。

ただ、落下してきた物体が、どの国の宇宙機の部品なのかを証明することは難しい。また、中国を含む多くの国は同条約に加盟しているが、加盟していない国もあり、非加盟国に損害を与えた場合の補償がどうなるかは不透明である。

今後、国際社会が中国に対し、制御落下などの対策を行うよう強く求めるとともに、中国も交えた上で、宇宙ごみや補償に関する明確かつ厳格なルール作りを進めることが求められる。

参考文献

U.S. Space CommandさんはTwitterを使っています: 「#USSPACECOM can confirm the People’s Republic of China (PRC) Long March 5B (CZ-5B) re-entered over the Indian Ocean at approx 10:45 am MDT on 7/30. We refer you to the #PRC for further details on the reentry’s technical aspects such as potential debris dispersal+ impact location.」 / Twitter
EU SST confirms re-entry of space object CZ-5B - EU SST
NASA Administrator Statement on Chinese Space Debris | NASA
http://www.cmse.gov.cn/gfgg/202207/t20220731_50480.html