日本マイクロソフトは10月21日、同社のヘルスケア分野における最新の取り組みを紹介するオンライン記者説明会を開いた。
同社は、医療業界向けクラウドサービス「Microsoft Cloud for Healthcare」や、医療分野での課題に取り組む非営利団体、研究者、組織によるAI活用を助成するプロジェクト「AI for Health」を実施するなど、医療・医薬品領域におけるソリューション提供と投資を35年以上続けている。
2021年には、医療向けAIや音声認識サービスなどを提供するNuance Communicationsを買収した。
精密医療を支えるデータをクラウド基盤で管理
米マイクロソフト Head of Strategy Pharma & Life Sciences GM WW Healthcareのエレナ・ボンフィグリオーリ氏は、「現状、ヘルスケアデータの80%が構造化されていない。一方で、新型コロナウイルス感染症の流行以来、遠隔医療の利用は38倍に増加し、新製品候補の50%がAIを活用した前臨床研究開発から生まれている。医療セクターにおいては、今や化学技術の知識だけでなく、コンピューティングの知識が不可欠となる」と強調した。
ボンフィグリオーリ氏は、患者それぞれに合った医療行為を実施する「精密医療(プレシジョン医療)」を例に出して、医療分野におけるAI・データ活用を説明した。
臨床情報から得られるテキストや画像、音声をAIで分析し、創薬や治療に必要な情報を抽出したり、さまざまなセンサから得られたデータをモニタリングしたりすることで、新たな医療デリバリ(診断や測定、治療)につながるという。
「プレシジョン医療の実現にはデータの可用性と、それを支える基盤となるセキュアなプロセスでデータを管理できるクラウドプラットフォームが必要だ。また、医療とテクノロジーをコラボレーションするために必要なスキルセットも欠かせない。医療セクターであつかわれるデータ規模は、すでにヨタサイズに達しており、人が人力でコントロールすることは難しい。AIとデータをあつかえるクラウドプラットフォームなら、創薬の可能性を広げることができるだろう」とボンフィグリオーリ氏。
クラウド上で医療・医薬領域での利用に最適なAIを用意するうえでは、同領域に特化したインテリジェンスを備える必要がある。AIの学習においては医療・医薬領域の専門的な文献を用いられ、必要なデータの集約にML(機械学習)が活用されるという。
しかし、マイクロソフトの観測したところでは、そうした文献は「73日ごとに倍増しており、数年前のML(機械学習)の能力に対して4倍の処理能力が必要」なため、効率のよいAIのラーニングプラットフォームを構築する必要がある。
マイクロソフトでは、自己監視学習機能を備えたAIがRWD(Real World Data)や既存のナレッジ(文献など)を利用してラーニングを行える独自のプラットフォームを構築し、がん治療や創薬の研究者向けに提供している。
国や業界を超えてデータやAI活用のコラボレーション
ライフサイエンスや臨床研究に携わる組織や企業や、医療サービスプロバイダーは、AIやデータを自ら利用できるようにするため技術的なパートナーシップ締結を進めている。
マイクロソフトも公的機関や医療機関、製薬会社やITベンダーら、さまざまなパートナーとの連携に取り組む。
例えば、医療従事者による患者集団内の主要ながん属性の特定を支援すべく、マイクロソフトはジョンズ・ホプキンズ大学や米国の医療法人らと協働し、従来の臨床NLP(自然言語処理)ツールを補強するMLモデル群を、「Health Decision Support Applied AI Service」としてパッケージ化しAPIで提供している。
また、英国の公的医療サービスを提供するNHS(National Health Service)や米国の製薬会社らとは、Microsoft Azureを活用してデータとIP(Internet Protocol)を保護しながら、データの共有やリサーチのコラボレーションが行える研究プラットフォームを構築している。
アクセンチュア、ノバルティスとは心臓血管の健康に関するグローバルデータコラボレーション体制を創設した。このほか、データ管理者間の連携を強化し、プライバシー機能を強化すべくインテルが提供するBeeKeeper AIとコラボレーションしてデータプラットフォーム構築も進める。
日本においては、武田薬品工業と研究室におけるさまざまな研究手順の再定義に取り組む。基準や規制に準拠しつつ、データを活用して複雑な研究手順のを効率化する新しい方法を探り、ペーパーベースの作業の自動化などを進めているという。
ボンフィグリオーリ氏は、「イノベーションなくしてプレシジョン医療は進むことはない。歴史的なデータの洪水を目の当たりにしているが、適切に管理できればデータを命を救うと当社では考えている。ライフサイエンスの大きな目標に向けて、今後も日本の企業と協力していきたい」と述べた。