名古屋大学(名大)は9月13日、お椀型の反芳香族分子を作り出し、固体中では3つの分子が積み重なることで、中央に挟まれた分子が平面構造に変形することを発見し、本来は不安定な平面構造が、分子間に働く相互作用によって安定化されていることを解明したと発表した。
同成果は、名大大学院 工学研究科の福井識人講師、同・大学院 理学研究科のフン・クアン・マイン准教授、同・柳井毅教授、同・大学院 工学研究科の忍久保洋教授らの研究チームによるもの。詳細は、化学や工学なども含めた物理学全般を扱う学際的なオープンアクセスジャーナル「Cell Reports Physical Science」に掲載された。
ナフタレンやアントラセンなどの「π共役分子」は、有機半導体など、重要な物質の基本骨格である。また、お椀型をした曲面π共役分子は、固体中に並べた場合に平面π共役分子とは異なる配列を取るため、材料の性能が向上したり、特異な物性が発現したりすることが期待されるという。
お椀型の曲面π共役分子は平面構造を経て、凹面と凸面がペコペコと高速に反転運動することが知られている。この平面構造は遷移状態であり、エネルギーが高い不安定な状態とされる。お椀型分子が反転する際には遷移状態を必ず経るが、一瞬のため平面構造を観測することは困難だという。
そこで研究チームは今回、ポルフィリンの一種である反芳香族分子「ノルコロール」に白金を組み合わせ、ノルコロール白金錯体という分子を合成し、この化合物が溶液中ではお椀型構造を持つことを明らかにしたという。
その一方で固体中では、平面構造の分子が2つのお椀型の分子にサンドイッチされた三重積層状態になることも発見したともする。つまり、安定なお椀型構造に加えて、通常は観測が困難な遷移状態である平面構造の観測に成功したことになると研究チームでは説明しているほか、白金どうしの距離は2.6Åであり、分子同士が極めて接近していることも確認されたとする。
また、本来は不安定な平面構造を観測することができた理由を解明するため、量子化学計算を駆使して研究を進めたところ、ノルコロール分子の間に働く分散力に加え、白金どうしの相互作用によって平面構造を含む三重積層構造が安定化されていることが解明されたともしている。
なお、反芳香族分子は不安定であるため合成が難しく、その性質には未解明の部分が多く残されているとされているが、今回の研究成果は、そうした反芳香族分子の特異な性質の一端を明らかにしたものであり、お椀型の曲面π共役分子が平面へと変形するほど、強い相互作用が分子間に働きうることを示すものだと研究チームでは説明しており、今後、分子間に働く引力的な相互作用によって、π共役分子の超近接化を達成できれば、有機半導体材料の高性能化が達成され、より低電圧で駆動する有機トランジスタの実現につながることが期待されるとしている。