米国航空宇宙局(NASA)は2022年9月4日、有人月探査計画「アルテミス」の第一歩となる「アルテミスI」ミッションの打ち上げを延期すると発表した。ロケットに燃料の液体水素を充填している際に漏れが発生し、解決できなかったためだという。
打ち上げチームは修理に向けた準備を進めている。新しい打ち上げ日は未定だが、10月まで延期される可能性もある。
アルテミスIの打ち上げ延期
アルテミスI(Artemis I)は、NASAが中心となって進めている国際有人月探査計画「アルテミス」の最初のミッションで、2025年以降に予定している宇宙飛行士の月面着陸に向け、ロケットと宇宙船の試験飛行を行うことを目的としている。
新開発の巨大ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」に、無人の「オライオン(Orion)」宇宙船を載せて打ち上げ、月へ向かう軌道に投入。オライオンは月を回る軌道に入り、各種試験を行ったのち離脱。地球に帰還する。打ち上げから帰還までは1か月前後の予定となっている。
NASAは当初、8月29日夜(日本時間)に打ち上げを予定していたが、エンジンの予冷がうまくいかずに延期。その後、対策を行い、9月4日3時17分の打ち上げに向けて再度準備を進めていた。
しかし、ロケットの第1段コア・ステージに燃料の液体水素を充填している際、漏れが発生していることが判明。時間内に解決できないと判断され、打ち上げ可能な時間帯(ウィンドウ)が開く約3時間前に打ち上げ延期が決定された。
液体水素が漏れていたのは、コア・ステージと地上設備の配管が接続されている部分のクイック・ディスコネクト(QD)だという。シール・パーツの位置に問題があると推定され、打ち上げチームはいったん温めてから冷やしたり、ヘリウムガスの圧力をかけたりしてシールを改善しようとしたものの成功しなかった。
規定値以上の漏れが発生すると、その周囲の水素濃度が高まり、引火する危険性がある。なお、1回目の打ち上げ準備中にも漏れが発生していたものの、このときは既定値内だったという。
液体水素を燃料に使うと、ロケットの効率を高められる長所がある一方、水素は分子サイズが小さいため、わずかな隙間から漏れ出してしまう短所もある。とくに接続部で起きやすく、同様の水素漏れは過去にスペース・シャトルの打ち上げ時にもたびたび問題になった。
延期後の記者会見で、アルテミス計画のミッション・マネージャーを務めるマイク・サラフィン氏は、「漏れの原因のひとつは、燃料の充填が始まる直前に、液体水素のラインが、おそらくは人為的ミスにより不注意で過剰に加圧されたと考えられます。QDのシールが損傷した可能性もあります」と述べた。ただ、正確な原因や損傷の有無、度合いなどはまだ不明とした。
現在のSLSの打ち上げ可能期間は「第25次打ち上げ期間(launch period 25)」と呼ばれており、9月7日まで確保されていたが、それまでに問題を解決して打ち上げられる見通しが立たないことから、このウィンドウ内での打ち上げは見送るとした。
対処法と新しい打ち上げ予定日は?
新しい打ち上げ予定日がいつになるかはまだ決定されていない。次の打ち上げウィンドウである第26次打ち上げ期間は、米国時間9月19日から10月4日まで確保されている。その次の第27次打ち上げ期間は10月17日から31日までが確保されている。
延期が決まった4日の時点で、NASAは射点に残したまま修理し打ち上げるする案と、いったんロケット組立棟(VAB)に戻して修理する案の、大きく2つを検討していた。もし射点上で修理が可能な場合、ロケットを組立棟(VAB)に戻す必要がなくなるため、最短で打ち上げが可能になる。また、射点で作業を行うことで、チームは問題の原因を理解するためにできるだけ多くのデータを収集することもでき、さらに修理後に実際に液体水素を流し、漏れがないかを試験することもできる。ただ、約1か月間ロケットを外に置き続けることになるため、覆いを設ける必要があるほか、ロケットや搭載しているオライオン宇宙船への影響がないかを見極める必要もある。
一方、いったんVABに戻す場合、QDの修理がやりやすくなり、天候の影響も受けずに済む。ただ、射点とVABとの往復には時間がかかるため、打ち上げまでの期間は長くなる。また、液体水素を使った漏れの確認は射点上でしかできないため、対処にやや難が残る。
こうした中、NASAは7日(日本時間)、SLSを射点に残したまま、QDのシールを交換することを決定したと発表した。修理にかかる時間や、新しい打ち上げ日は明らかにされていないが、射点で修理を行うということは、なるべく早期の、すなわち9月下旬の打ち上げを目指しているものとみられる。
ただ、新しい打ち上げの設定をめぐっては、QDの修理以外に、SLSの飛行中断システム(FTS:Flight Termination System)の兼ね合いもある。FTSとは、ロケットがトラブルなどで飛行経路を外れた際に司令破壊するための、いわゆる自爆装置である。その役割から、FTSには米宇宙軍の認証が必要であり、その認証の有効期間も限られている。
現時点でSLSのFTSは、第25次打ち上げ期間内のみ認証を受けており、もしNASAが9月下旬の打ち上げを目指すなら、米宇宙軍に対して認証の期間延長を申請する必要がある。
その一方で、FTSはSLSから独立したバッテリーで動くため、稼働できる期間にも限りがある。また、そのバッテリー交換はVABでなければできない。そのため、たとえ射点でQDの修理が無事完了したとしても、期間延長が認められない場合には、SLSをVABに戻してバッテリー交換をする必要がある。この場合、打ち上げは10月まで遅れる可能性が高い。
さらに第26次打ち上げ期間中の10月4日(日本時間)には、スペースXの「クルー・ドラゴン」宇宙船運用5号機の打ち上げも予定されている。SLSが打ち上げられるケネディ宇宙センターの第39B発射施設と、クルー・ドラゴンが打ち上げられる第39A発射施設とは隣接していることもあり、NASAとしては打ち上げがかぶることは避けたいとしている。
参考文献
・Artemis
・NASA to Provide Artemis I Launch Update Saturday | NASA
・Artemis I Mission Availability | NASA