ノートPCやタブレット、車載ディスプレイに使用される反射防止フィルムなどの機能性材料を製造するデクセリアルズは、IoT(インターネット・オブ・シングス)が注目され始めた2016年から自社工場のスマート工場化を進めてきた。

現在は、国内の自社工場の制御機器、センサをネットワークでつなげるIoT化を完了させ、より変化に強い会社を目指して全社のDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む。

業務効率化や生産品質の高度化に向けたIoT活用の実際と、DX推進の現状について、スマート工場およびDX推進の担当者に話を聞いた。

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工場新設を機にIoT化を決定、品質管理でのAI活用を目指す

デクセリアルズは2015年に栃木県下野市に工場(栃木事業所)を取得し、2016年から稼働を開始した。設備のデジタル化とデータドリブンな製造を目的として、同事業所に新設した反射防止フィルムの生産ラインからスマート工場化をスタートさせた。現在、国内の製造拠点では工場内の制御機器やセンサがネットワークでつながり、リアルタイムにデータ収集と分析が可能なスマート工場として稼働している。

それまで、同社では材料や部品などに現品票を張り付けて、紙の管理帳票を基に現場の作業員が在庫チェックや使用履歴の管理などを行っていた。そのため、製造工程間で材料や部品が移動すると、どこにどれだけの材料があるか正確に把握できず、特定の工程で材料が滞留していてもわかりにくかった。また、余計な在庫を抱えるなど非効率な生産が起こりがちだった。

加えて、設備の状況もリアルタイムに把握できていなかったので、異常が発生した場合は基本的に事後対応となり、その間、工場のラインは停止していた。

スマート工場のプロジェクトを主導したデクセリアルズ DX推進部 担当部長の大河原秀之氏は、「当時は設備とモノをアナログな方法で管理していたため、現場での作業に多くの人手が割かれていた。だが、生産部門としては効率的な設計・製造の検討や新たな生産技術の開発、品質向上につながる管理方法の考案など、クリエイティブさが求められる仕事に人材を充てたいという考えがあった」と明かした。

  • デクセリアルズ DX推進部 担当部長 大河原秀之氏

    デクセリアルズ DX推進部 担当部長 大河原秀之氏

工場の新設にあたっては設備の新規導入が発生する。そのため、経営層や生産現場から「この機会に全面的なデジタル化を進めよう」という声が上がり、スマート工場のプロジェクトが始動した。

プロジェクトでは、「工場・モノ・設備・品質の見える化」をコンセプトに工場内の設備(制御機器やセンサ)間をネットワークでつないで、そこからデータを一元的に管理できるようにする工場のIoT化と、品質管理におけるAI活用を進めた。

同社ではシステムの構想や構築は、工場内の設備・システムの導入を担当する生産技術部が担当し、ITベンダーの協力も受けつつ開発を進めた。システム構築にあたって、SCADAや機器間の通信を制御するシステムについては、業界内でアーキテクチャや通信プロトコルが標準化されているためベンダーが提供するパッケージ製品を積極的に利用した。一方で、自社のものづくりに近い領域、例えば、品質のモニタリングや分析のためのツールは自社開発とした。

レガシー設備とのデータ連携においては、機器の接続インターフェースなどを個別に調整する必要があった。そのため、設備を実際に動かしている部署のメンバーとともに通信方式を規定し、メンテナンスしやすいシンプルなシステム構成に設計した。また、AI活用のための良品と不良品の学習では、品質管理チームが保有している不良画像の分類データを活用することで、データラベリングの時間を短縮させたという。

  • デクセリアルズが目指す工場のIoT化

    デクセリアルズが目指す工場のIoT化

新しい取り組みを進めるうえでは、社内の協力を得られるか否かが重要だ。デクセリアルズでは、全社での認識合わせに時間を割いた。

大河原氏は、「新しい仕組みを導入する理由や意義を理解してもらうために、各部門・関連部署に対しての説明は密に行った。スマート工場の構想や、それによって実現できることも共有した。今回は工場の新設だったので、新しい管理方式やツールの採用も『新しい取り組みの一環』として比較的容易に受け入れてもらえたと思う」と述べた。

栃木の新工場でのプロジェクトが完了した後、2018年からは国内の既存拠点のスマート工場化を進めた。その際には、設備入れ替えのための準備・作業のスケジュールを生産計画の中に組み込むために、製造現場とさまざまな調整が大変だったという。また、限られた時間でシステムを本番環境に移行するための作業手順をどうするか、生産計画に影響が与えない範囲でラインを停止できないかなども検討された。

他方で、新工場での成功事例があったため、既存工場のスマート工場プロジェクトに参加したメンバーのマインド醸成も早期に行えたそうだ。

3ステップのDX戦略、ノーコードツールで間接部門もシステム開発

2019年には、新たな中期経営計画の策定をきっかけに、全社のデジタル化と新規ビジネス創出を新たな目標に掲げ、2020年に業務のデジタル化やDX全般を統括するDX推進部が立ち上がった。デクセリアルズがDX推進を重要経営施策の1つに位置付けたのは、トップの意思や危機感によるところが大きい。同社経営陣が中長期戦略を検討する中で、「国内生産を続ける限り労働人口減への対応は避けられない」という結論に至ったのだという。

同社では3ステップのDX戦略の下でDXに取り組んでいる。第1のステップは「デジタルプラットホーム化」で、直接・間接部門が横断的に利用できる全社共通のプラットフォームとなるシステムを導入するものだ。プラットフォーム上ですべての業務を実施できる環境を整備することで、部署ごとのオペレーションを統一し、仕事の属人化を防ぎ、働く環境が変わってもスムーズに業務を移行できるようにするねらいだ。また、共通のプラットフォームを利用すれば各種データのフォーマットなども統一できる。

第2のステップは「経営のインテリジェント化」で、プラットフォームに蓄積されたデータを事業判断に活用し、経営の意思決定やリスク対応を迅速化しようというものだ。その先の第3のステップでは、各種データの連携による「顧客価値を提供する新規ビジネス創出」を目標としている。

現在は第1のステップであるプラットフォーム構築を進めている段階だが、スマート工場の構想時と同様に、工場の生産に関わる独自領域は自社で開発し、経理・人事など間接部門があつかう汎用システムではパッケージ製品を利用している。

  • 全社共通のプラットフォーム整備など3ステップでDXに取り組む

    全社共通のプラットフォーム整備など3ステップでDXに取り組む

他方で、申請書などのペーパーレスやワークフローの電子化など、パッケージだけで完結しない業務や自動化を取り入れたい業務に関するシステムは、ノーコード/ローコードツールを活用して自社で開発・運用できる体制にしている。例えば、申請書や依頼書などの電子帳票画面やワークフローのフローチャートは、早期導入と運用後のメンテナンスのしやすさなどを考慮し、間接部門の現場担当者が開発や改修、細かな変更などを行っている。

「当社も紙の使用量が多く、承認フローでも印鑑を押した紙を社内でまわすなど、業務効率化が課題として挙がっていた。コロナ禍でリモートワークが始まったこともあり、早急にペーパーレスと電子化を進めたかったが、外部に依頼すると実現までに時間がかかる。一方、DX推進部の開発リソースは限られているうえ、エンジニアの採用難などもあり、現場の非IT職の社員によるノーコード/ローコードツール活用を決めた」と大河原氏は語った。

2019年のDX推進部立ち上げ当初、メンバーは要件定義ができる数名のエンジニアと開発専門のエンジニアの10名程度で構成されていた。全社共通プラットフォームの構築に加えて、設計の効率化やデータ活用といった“ものづくり”領域のデジタル化がDX推進部のミッションだった。将来的には、効率化で生み出された時間や人材を新製品の開発にシフトさせる構想もあったことから、ミッションの優先度は高かった。

当然、自社でのエンジニア採用を増やしたり、協力会社とエンジニアの派遣契約を結んだりして人材獲得も進めたが、希望する人材に巡り会うことのほうが少なかったという。

人員、体制は充実していたわけではなかったが、同時にさまざまな開発を進める必要があった。そのため、いったん開発して使いながら改良を続けるアジャイルスタイルの開発をどこかで採用する必要があり、同社にとってノーコード/ローコード開発ツールはアジャイル開発実現のための1つの手段だった。

社内ポータルにDXの相談窓口を開設し、社内の意見を生かす

デクセリアルズが戦略策定や開発リソースの強化と併せて行ったのが、リテラシー教育だ。具体的には経営層、マネジメント、リーダー層を中心に約700人がITやデジタルをテーマにしたリテラシー講座を受講し、DXの必要性、推進体制の在り方、具体的な技術活用事例を学んだ。

また、全社員のDXに対する理解度を深めるために、情報共有のためのポータルサイトを新設した。同サイトでは各部署や社外のDX事例を紹介するコーナーを発信するほか、社員からのDXやデジタル活用にまつわる質問を受け付ける「みんなのDX相談窓口」を設けている。

2021年4月の開設から2022年8月までの間に、相談窓口には70件を超える相談が寄せられており、その多くは「自分の業務をデジタル化で効率化したい」という要望やそのための個別相談の依頼、社内の既存の仕組み・システムの改善要望もある。そうして集まった要望や意見から先々のDXに役立つ案を採用し、社内のITインフラを管理する情報システム部門と連携して導入を検討している。

かつて、大河原氏が関わったプロジェクトでは、開発担当者目線でシステム開発を行ったところユーザーから使いにくいとの指摘があったり、利用されなくなってしまったりしたことがあったそうだ。以来、情報システム部門はもちろん、業務部門の意見も取り入れられるような体制や意見交換の場を重視しているという。

「実際のところ、DXに対して半信半疑な社員もいるかもしれない。だからこそ、なるべく社内の成功事例を共有して、『DXで今までのやり方をより良い方向に変えられるんだな』と感じてもらうことが重要になる。そのためには開発をはじめ、デジタル化実現のスピードも早くなくてはいけないし、多様な意見を聞くことが大切だ」(大河原氏)