DXにより、顧客体験の向上や新たな顧客価値創出を目指す企業が増えている。大丸松坂屋百貨店、ショッピングセンターのパルコ等の持株会社であるJ.フロント リテイリング(以下、JFR)もその1社だ。6月23日、24日に開催された「TECH+ EXPO 2022 Summer forデータ活用 データから導く次の一手」に同社 執行役常務 グループデジタル統括部長の林直孝氏が登壇。「カスタマーデータドリブンというDXの考え方」と題し、運営施設の中でも特にPARCOにおけるDXの取り組みに焦点を当てて解説した。

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“10年後も変わらない価値”とは何か?

林氏は、PARCOに新卒入社後、2000年からデジタルに関する取り組みに従事。2022年からJFRでグループ企業のデジタル戦略を推進している。

そんな同氏は冒頭、「DXを考える前に、テクノロジーを使って何を実現したいかを深く考えていただきたい」と聴講者に呼び掛けた。

「当社では、デジタルを活用することによって、CX(顧客体験)やEX(従業員体験)をいかにより良いものにできるか、その向上に向けた活動こそがDXの真髄ではないかと捉えています」(林氏)

かつて、米Amazonの前CEOであるジェフ・ベゾス氏は「10年後何が変わるのか」と尋ねられた際、「むしろ重要なのは何が10年後にも変わらないかを真剣に考えるべきだ」と返したというエピソードがある。これに共感した林氏は、10年後変わらない価値とは何なのか、どんな役割が必要なのかを考え、「ショッピングセンター(SC)に求められるものは何なのか」を追求してきたという。

ショッピングセンターは、あらかじめ欲しいものが決まっていない、非計画購買の顧客が多い場所だ。

「顧客がSCに求めるものは、多くのブランドショップやコンテンツ(商品・サービス)の中から、“信頼できる他人”に肩を押してもらえる安心感を得ながら、納得ができる商品・サービスに出会える場所であることです。いかにして『セレンディピティ(偶然な出会いによる幸福感)』を届けられるかが、ショッピングセンターにおける10年後も変わらない価値だと考えています」(林氏)

ここから話はPARCOでの具体的なDXの取り組みに移っていく。

林氏はスマートフォンアプリ「POCKET PARCO」での分析結果から、単一ショップでしか購買体験がない人よりも、複数ショップを買い回った履歴のある人の方が翌年の購買率が約30%良かったというデータを紹介。ショップはブランドの認知と体験の場であり、言わば「顧客とブランド体験のマッチングプラットフォーム」だと言える。複数のショップが集約されているショッピングセンターでは、複数のブランド体験による相乗効果が生み出され、ブランドと顧客の絆をより強固にする効果があるのだという。

「これから我々が意識するべきは、SCをショッピングセンターではなく、セレンディピティを生み出す“Serendipity Center”へと進化させていくことでしょう。これをデジタルでどう実現していくかが、PARCOにおけるDXの本質です」(林氏)

アフターデジタル時代を意識したデータドリブンな顧客サービス

これからは「アフターデジタルの時代」とも言われている。人が常にインターネットに接続している時代であり、“スマートフォンファーストの時代”とも言えるだろう。

従来のショッピング体験では、来店時に触れる商品と接客のみで価値提供を行ってきた。つまり、セレンディピティを生むポイントはここに集中していた。しかし、アフターデジタル時代においては、来店前のスマホでの検索やSNSでの情報入手から始まり、来店中のデジタル接点、来店後のサンクスメールなどまでがトータルでショッピング体験だと捉えられている。

  • アフターデジタルのショッピング体験は来店前から来店後まで拡張した

そこでPARCOでは「24時間PARCO」構想を掲げ、いつでも、どこでもショップスタッフと顧客がコミュニケーションできるオムニチャネルプラットフォーム化をを進めている。

  • 24時間PARCO構想のイメージ図

まず着手したのは、ショップスタッフがいつでもどこでも情報発信ができるようにするためのショップブログの仕組みの展開だった。次に、ブログで紹介された商品をWeb上で取り置き・購入できるサービス「カエルパルコ」を導入。さらに前述のアプリ「POCKET PARCO」リリースへと進んだ。

「POCKET PARCOがあることで、ユーザーの行動分析により、“個客理解”が可能になりました」と言う林氏。同アプリではブログ記事閲覧やお気に入り登録、来店時のチェックイン、館内歩数カウント、接客・購入の履歴管理、サービス評価といった機能が提供されている。

  • POCKET PARCOの機能

中でもユニークなのは、ショッピングセンター内の移動歩数に応じてポイントが付与される機能「WALKING COIN」だ。普段よりも館内を少し多く歩いてもらうことで、これまで入ったことのない店舗に足を踏み入れる可能性は高まる。これにより、新たな商品に出会い、セレンディピティを生み出す確率を高めることが目的だ。WALKING COINのデータを分析し、さらに追加されたのが、お薦めショップの掲示機能である。WALKING COINのインタフェースに、過去の購買履歴などからAIが分析したリコメンドを出す仕組みだ。実際に「お薦めショップをタップした人は、買い回り率が上がる」という効果も出ており、林氏は「データドリブンな顧客サービスの実現につながっています」と胸を張る。