デジタルの普及やコロナ禍などの社会的変化を受けて、消費者の購買行動が変わりつつある。顧客行動の変化が起きているのはBtoCの世界だけでない。BtoBの世界においても、これまでのように、営業だけが売上を生み出すスタイルでは、もはや生き残れない可能性がある。

そこで注目されるのがデジタルマーケティングだ。多くのBtoB企業がすでにデジタルマーケティングに着手しており、世界的な潮流となっている。

ただし、デジタルマーケティングは手当たり次第に取り組んで上手くいくほど甘いものではない。単にトレンドを追いかけるのではなく、しっかりと戦略を立て、ポイントを押さえて実践しなければ期待する効果は得られないだろう。

このデジタルマーケティングを特にデマンドジェネレーション(見込み顧客の発掘・育成)の分野で実践しているのがスリーエム ジャパンだ。

5月19日に開催された「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+フォーラム Marketing Day 2022 May.デジタル変革の潮流を見極めるマーケティング経営」に、スリーエムジャパン コーポレートデジタルマーケティング部部長の田中訓氏が登壇。同社が実践するデジタルマーケティングにおける4つのフレームワークと成功のポイントについて語った。

BtoB企業でもデジタルマーケティングが必要な理由

3M(スリーエム)は米国ミネソタ州に本社を置く化学・電気素材メーカーだ。一般的には「ポスト・イット」で知られているが、実は建築資材や研磨剤、工具などの工業系製品が売上の85%を占めるBtoB企業である。その製品点数はなんと55,000点にも上ると言うから驚きだ。

  • 約55,000点もの商品を扱う3M

そんな3Mの日本法人、スリーエム ジャパンのコーポレートデジタルマーケティング部で部長を務めるのが、本講演に登壇した田中訓氏である。アドビ システムズ(現アドビ)、アップルジャパンなどでオウンドメディアやEC直販サイトを担当し、2011年からスリーエム ジャパンにて現職。主にBtoBマーケティングの推進役を担う。

なぜ、BtoB企業にとってデジタルマーケティングが重要なのか。田中氏は「BtoB企業はプロダクトアウトの意識が強く、良い製品を送り出して営業が売れば良いと思いがち」だと指摘する。

「すでに関係構築できている既存顧客はプロダクトアウトで良いのですが、それでは新規顧客に販売するのは大変です。その結果、現状維持になりがちで、マーケティング活動も限定的になってしまいます」(田中氏)

以前まで、スリーエムもこの課題を抱えていたという。営業が売上を作り、新規開拓は営業頼みになっていた。マーケティングの役割は主に製品関係と販促がメインで、既存顧客向けのマニュアルを作るなどの作業に時間を取られていたそうだ。

「従来のやり方が良くないというわけではありません。しかし、国内の競争は激化しており、顧客の嗜好も変化しています。さらに、コロナ禍で市場環境も厳しくなってきました。これまでの営業スタイルに加えて、デジタルマーケティングで売上をサポートする仕組みの構築が求められるようになったのです」(田中氏)

 ゴールから逆算せよ! 顧客に焦点を当てるための施策とは?

では、具体的に企業はデジタルマーケティングにどう取り組めばいいのか。

最初のステップとして田中氏が紹介するのが、「ゴールから逆算して考える」という思考法だ。田中氏はデジタルマーケティングを釣りにたとえて説明する。

「重要なのは、どんな魚を釣りたいのかという『目的』です。例えば、マグロを釣り上げるのと、ワカサギを釣るのとでは釣りに出かける場所も、漁場への移動方法も、用意するべき道具もまったく異なります」(田中氏)

デジタルマーケティングにはさまざまなツールやサービスがあるが、それらは釣りでいうところのルアーであり、竿であり、リール、つまりはツールである。流行りのツールをやみくもに導入するのではなく、しっかりと自社のデジタルマーケティングのゴールを見据えて、ツールを選定することが重要なのだ。

田中氏が挙げる4つのフレームワークの1つ目にあたるのが「カスタマージャーニーマップ」だ。製品ではなく顧客にスポットライトを当て、プロダクトアウトの考え方から脱却するための施策になっている。

カスタマージャーニーマップで設定するのは、「ペルソナ」と「タッチポイント」だ。顧客はどんな人で、どんな課題を抱えているのか。そして製品を購入するまでに、どんな行動を取り、何を見て情報を得るのか。そうした一連のストーリーを作り上げることで、社内のデジタルマーケティングに対する意識自体も変化していく。

まず、ユーザー目線で購買行動を考えられるようになる。すると、営業活動における主語がスリーエムではなくユーザーになり、効果的な施策の立案につながる。また、カスタマージャーニーマップを作ることで、購買行動全体を俯瞰して見られるようになり、これまで見えていなかった課題を発見したり、失注ポイントを把握しやすくなったりする利点もある。

この他にも、カスタマージャーニーマップを作ることで、課題解決の優先順位が付けやすくなったり、関係者全員が共通認識を持つ手助けになったり、判断に悩んだときの指針になったりする効果が期待できるという。

スリーエムでは、カスタマージャーニーマップを作成するためのワークショップを定期的に開催している。1日がかりで行われるワークショップでは、深い顧客理解とマーケティング施策の学びを得ることを目的とする。また、決裁者や営業、マーケティング、製品開発部など、多様な関係者が同席して合意形成を行うことで、誰が何をするのか、あるいは何をしないのかといったマーケティング活動全般に対する理解が得られる効果もあるのだ。

ただし、コロナ禍になってからは大勢が集まることが難しくなり、対面でのワークショップは行われていない。

代わりに開催されているのが、ホワイトボードツール「Miro」を活用したオンラインワークショップだ。Miroはホワイトボード上にポスト・イットを貼る感覚で使えるため、オンライン上でのアイデア出しに便利だという。