宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月10日、小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰った小惑星「リュウグウ」の試料の初期分析を行うPhase-2キュレーション機関の1つである岡山大学のチームの研究成果をまとめた論文が日本学士院紀要に2022年6月10日付で掲載されたことを発表した

今回の研究対象となったはかリュウグウから回収された試料のうち16粒子(1回目のタッチダウンから7粒子、2回目のタッチダウンから9粒子、総量55mg)。研究チームでは、地球惑星物質総合解析システム(CASTEM)を駆使した総合分析を実施。その結果、リュウグウ物質に生命を構成するのに不可欠な、水素が0.69~1.30wt%(主に含水鉱物相として存在)、炭素が2.79~5.39wt%(そのうち有機物分は1.77~4.00wt%)含まれていることを確認したほか、23種(異性体を含む)のアミノ酸を検出することに成功(隕石から検出されるアミノ酸の1種は、今回の試料からは検出されなかったともしている)。

具体的には、16粒子に対する高精度な化学分析を実施することで、粒子ごとに最大70元素の濃度を決定することに成功し、その化学的特徴がCIコンドライトのそれに類似することが判明したとする。また全粒子の詳細な岩石学的記載によると、リュウグウの物質は微細な含水層状ケイ酸塩鉱物(50vol%)と空隙(41vol%)を主とする細粒マトリクス、および無機鉱物および有機物からなる粗粒相(9%)からなり、密度は約1.52g/cm3であり、CIコンドライトに分類される隕石には、太陽系円盤内で形成された融解などの高温形成物が普遍的に観察されるが、今回の試料にはそうした形跡がほとんど含まれていなかったことから、リュウグウの物質は相対的に太陽系から遠方の低温領域で集積し、現在に至るまでその初生的な性質を保持していると考えられるとしている。

  • 岡山大に提供されたリュウグウ粒子の外観

    岡山大に提供されたリュウグウ粒子の外観。黒色無光沢で、細かな割れ目が発達しているものや、細粒緻密なマトリクスに鉱物の集合体や自形結晶が散在しているものなどがあることが確認された (c) Nakamura et al. (2022)。

粒子に含まれる元素の濃度や同位体組成、特徴的な同位体組成を呈するミクロンサイズの有機物を解析した結果、リュウグウ試料中に太陽系の元となった星間物質や太陽系前駆物質など太陽系が形成される以前の、起源の異なる有機および無機物が確認されたとするほか、リュウグウが原始太陽系円盤における均質化の影響が他の地球外試料(隕石)と比べて小さく、最も始原的な太陽系物質であることを確認。また、地球外試料に伝統的に用いられてきたネオン同位体の特徴は、太陽系形成以前もしくは直後(約46億年前)の高エネルギー粒子の照射にさらされた太陽系環境の存在が示唆されたともしている。

  • 多面体磁鉄鉱粒子の産状を示す走査電子顕微鏡像

    多面体磁鉄鉱粒子の産状を示す走査電子顕微鏡像。晶癖やサイズの異なる磁鉄鉱粒子が約10μmの領域に共存していることが確認された (c) Nakamura et al. (2022)

これらの結果を踏まえ研究チームでは、数kmサイズの氷天体片が太陽系外縁部から内部(地球近傍軌道)へと移動し、それに伴う太陽からの輻射熱の増加により氷が失われ、現在のリュウグウに至った「彗星核」小惑星形成モデルを提案。小惑星リュウグウの試料は太陽系形成前から現在に至るさまざまな物理化学的情報を保持している可能性が示されたとするほか、アミノ酸などの有機物と水の存在が確認されたことで、リュウグウのような小惑星およびその氷前駆天体と、地球生命との関係性についてより深い議論が今後、期待されるともしており、今回の成果が、学際的な議論と協力を促し、太陽系とその先の世界をより深く理解するための一助となることを願っているとコメントしている。

  • 小惑星リュウグウの起源と進化

    小惑星リュウグウの起源と進化。星間物質や太陽系前駆物質などを起源として、太陽系外縁部で誕生した氷微惑星は、その内部の広範な水質変質の後に破砕され、彗星様小惑星として地球近傍軌道に至り、氷の昇華を伴いながら、瓦礫集積体様の小惑星へと進化したと考えられるという (c) Nakamura et al. (2022)

なお、今回の研究により取得した分析データの詳細は、「試料デポジトリシステム(DREAM」上にて一般に公開されており、研究チームでは、この情報を基盤として岡山大などの高次キュレーション機関(P2C-PML:Phase-2 curation-PML)におけるより詳細な解析やCASTEMを活用した国際公募研究などさまざまな共同研究が展開されることになることとなるため、今回の成果によって太陽系物質科学研究への新しい扉が開かれたことの社会的意義は大きいと考えられるとしている。