宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月10日、「はやぶさ2初期分析チーム」のうち、化学分析チームの研究成果をまとめた「リュウグウはイヴナ型炭素質隕石でできている」と題した論文が、アメリカの科学誌「Science」2022年6月10日付で掲載されたことを発表した。
はやぶさ2プロジェクトチームでは小惑星リュウグウ試料分析を、6つのサブチームからなる「はやぶさ2初期分析チーム」と岡山大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)高知コア研究所の2つのPhase-2キュレーション機関にて進めている。
初期分析チームは専門サブチームが分担して、計画された高精度分析により、試料の多面的価値を明らかにしていき、Phase-2キュレーション機関はそれぞれの特徴を生かし、総合分析フローに基づいて試料のカタログを作成し、試料の特性に応じた測定・分析により、試料がもつ潜在的価値を明らかにしていく計画だ。
小惑星はどんな物質からできているかは未だよくわかっておらず、「はやぶさ」はS型小惑星が普通隕石からできていることを明らかにし、小惑星と隕石との直接の関係性を実証した。この成果を発展させるため、「はやぶさ2」はC型小惑星と隕石との関係性を明らかにするため小惑星リュウグウのサンプルリターンを実施。今回、Science誌に掲載された論文は、実施された一連の初期分析の最初の報告となる。
なお、初期分析の6つのチーム、岡山大学およびJAMSTEC高知コア研究所のチームからの報告は、論文としての成果が公表されるタイミングで、公表していくという。
今回の発表では、小惑星リュウグウ試料の化学組成と同位体組成を測定した結果を公表。 リュウグウは炭素質隕石、特にCIコンドライトと呼ばれるイヴナ型炭素質隕石から主に構成されていることがわかった。その主な構成鉱物は、リュウグウの母天体中で水溶液から析出した二次鉱物だという。
母天体中の水溶液は、リュウグウにもともとあった一次鉱物を変質させ、太陽系が誕生してから約500万年後に、この二次鉱物を沈積させた。その時の温度は、約40℃で圧力は0.06気圧以上だとしている。その後、今日まで、持ち帰ったリュウグウ試料は100℃以上に加熱されていない。
これらの結果から、リュウグウ試料は、これまで見つかっている隕石を含め、人類が手に入れている天然試料のどれよりも、化学組成的に分化をしていない、最も始原的な特徴を持っているものだと言えると研究チームは述べている。
以下より発表内容の詳細を見ていく。
同論文では、リュウグウの(1)化学組成、(2)同位体組成、(3)構成物質の成因、(4)構成物質の年代、(5)隕石との関係性を調査。
化学組成分析には、蛍光X線分析、放射光、ICP質量分析、走査電子顕微鏡を用いた。同位体分析には、ICP質量分析、表面電離型質量分析、二次イオン質量分析を用い、分析に用いたリュウグウ試料の形態は、粉体、粒状、研磨片、化学処理した液状のものを使用している。
化学組成は、66元素について分析値を決定。これにより、リュウグウ試料はTa(タンタル)に汚染されていることが確認された。原因はサンプリング時に用いたタンタル製弾丸によるもので、想定されていたものであり、弾丸が正常に発射されたことを証明している。その他の元素については汚染が認められておらず、非常にクリーンな状態で試料が取り扱われていることを示した。
以下図は、各元素の分析値をCIコンドライトの値で規格化した図だ。その平均値は、全元素に渡りほぼ水平線の上に乗っており、CIコンドライトと同じ濃度比を持っていることを示している。
このことから研究チームは、CIコンドライトの化学組成比は、太陽系全体の化学組成比と等しいと考えられているため、リュウグウは形成以来太陽系全体の化学組成をそのまま保った最も始原的な天体であると言えるとしている。
リュウグウ試料のTi同位体比、Cr同位体比、O同位体比もCIコンドライトと似ているということも示されたが、他の元素の同位体比がどうなっているかは、今後の発表となるという。
また、リュウグウ試料の走査電子顕微鏡による分析イメージが以下で示されている。
リュウグウは主に、層状ケイ酸塩(蛇紋石(Mg,Fe)3Si2O5(OH)4・サポナイトCa0.25(Mg,Fe)3((Si,Al)4O10)(OH)2·n(H2O))からできている。その他の主要な鉱物は苦灰石CaMg(CO3)2、ブロイネル石(Mg,Fe)CO3、磁硫鉄鉱Fe1-xS、磁鉄鉱Fe3O4から成ることが分かった。これらの鉱物はすべて水溶液からの析出物だ。
リュウグウの母天体内部では、氷が溶けた水溶液により一次鉱物が分解して、これらの二次鉱物に変わった。この現象を水質変成作用と呼び、リュウグウ母天体内部では水質変成作用が強く起こり、一次鉱物はほとんど残らなかった。これもCIコンドライトとよく似ているという。
そして、水質変成が起こった年代と温度をMn-Cr年代測定法と酸素同位体温度計により決定。太陽系誕生の後、約500万年たったころ、水質変成が発達し、二次鉱物を析出し、この時の温度は約40℃で、圧力の下限は0.06気圧だとしている。その後、隕石母天体から現在の小惑星リュウグウが形成されたとみられる。
水質変成以後、現在に至るまで、リュウグウ試料は100℃以上に加熱されていなかったが、層状ケイ酸塩の層間に含まれていた層間水のほとんどは宇宙空間に蒸発してしまった。この点が、リュウグウ試料がCIコンドライトと大きく異なる点だという。
これに関しては、CIコンドライトに含まれている水分の約半分は地球上の水蒸気の汚染の結果とも想定できる。その場合、CIコンドライトを構成する物質は、有機物を含め、宇宙にいた時の状態と大きく変化している可能性があり、研究チームは、この可能性が今後の研究に重要な観点だとした。
以上の結果より、リュウグウ試料はCIコンドライトによく似ており、CIコンドライトは地球に存在する数万個の隕石の中でも数個しか存在しておらず、希少な存在の隕石が太陽系に多く存在するC型小惑星から来ていたことが分かった。
さらに、研究チームは、リュウグウはCIコンドライトよりもっと化学的に始原的な特徴を持っており、リュウグウ試料は、我々人類が手にしているどの天然試料よりも化学的に太陽系の平均組成に近い始原性をもつ試料と言えるとしている。