横浜国立大学(横浜国大)と科学技術振興機構(JST)は、ダイヤモンド中の窒素および複数の炭素同位体からなる量子メモリをゼロ磁場下で制御することで、量子誤り訂正に成功したと発表した。

同成果は、横浜国大大学院 工学研究院/先端科学高等研究院の小坂英男教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Communications Physics」に掲載された。

ゲート型汎用量子コンピュータの実用性を高めるためには、エラー耐性を獲得する必要があり、その実現のためには8桁程度の精度の量子ゲート操作を実現することが求められている。その代替手法としては、100万ゲート級の大規模な超伝導量子ビットを1つの冷凍機内に収め、集中的に処理するということが求められているが、これも困難とされている。

そこで現在、期待されているのが、中規模計算用量子ビットを量子的な光で接続し、分散的に処理する誤り耐性型量子コンピュータの開発だという。分散処理を実現するには、超伝導量子など、計算用の量子ビットと通信用の光量子ビットを量子的に変換する量子変換が必要であり、これを実現するキーデバイスが量子インタフェースとされている。

しかし、量子インタフェースにおける量子変換に誤りがあっては、誤り耐性を持つ大規模量子コンピュータを構築できないこととなるため、量子インタフェースには量子メモリを内蔵し、変換の際に生じる誤りを訂正する量子誤り訂正の機能が不可欠となっており、その実現技術として注目されているのが、ダイヤモンド中の窒素空孔(NV)中心だという。4桁以上の精度で量子ゲート操作が可能な電子スピンと1分程度の長寿命を持つ核スピンからなる量子メモリを備え、マイクロ波や光波とも相互作用するため、量子インタフェースを担う物理系として優れた性質を持つことが理由だという。

しかし従来の手法では、NV中心のスピンを制御するために強い磁場を印加せざるを得ないことが課題となっていたとする。強い磁場は超伝導状態を破壊して超伝導量子ビットが正常に動作しなくなってしまうため、光量子ビットとの量子変換をNV中心で行うことは不可能とされていたことから、完全なゼロ磁場下で動作する量子誤り訂正技術の開発が望まれていたとする。

  • 窒素空孔中心

    窒素空孔中心(NV中心) (出所:プレスリリースPDF)

そこで研究チームは今回、ダイヤモンド中のNV中心を構成する窒素原子とその周囲にある複数の炭素同位体原子の核スピン集団を、量子情報を長時間保持するための論理的な量子メモリとして用い、操作エラーによって破壊された量子状態を自動的に訂正できることを実証することにしたという。ゼロ磁場下でスピン集団を用いた量子誤り訂正は世界初の試みであり、成功させるための鍵は、独自開発された電子スピンのゼロ磁場下におけるホロノミック量子ゲート操作だとする。

ゼロ磁場下では、量子メモリを構成する核スピン各々が磁場によってばらばらに回転することがなく、量子もつれ状態を長く安定に維持することが可能であり、通常は磁場を印加しなければ、電子スピンや核スピンを操作することは不可能とされている。しかし、今回開発されたホロノミック量子ゲート操作では、マイクロ波あるいはラジオ波の偏波自由度を自在に操ることで、ゼロ磁場下で電子スピンや核スピンを操作し量子誤り訂正を実現したとする。

  • 量子誤り訂正のゼロ磁場下と磁場下右の違いを示す概念図

    (左)量子誤り訂正のゼロ磁場下(左)と磁場下右の違いを示す概念図。ゼロ磁場下では、安定で精度の高い量子誤り訂正が可能となる。磁場下では、量子誤り訂正は不安定で精度の低いものとなる。(右)量子誤り訂正をしない場合(赤)と量子誤り訂正をする場合(青)における、量子メモリ忠実度のエラー確率依存性の実験結果。点線(黒)は、量子誤り訂正をしない場合のシミュレーション結果 (出所:プレスリリースPDF)

今回の成果を踏まえ研究チームは今後、この量子メモリを応用し、超伝導量子ビットから光量子ビットに量子変換する量子インタフェースの開発を行うとする。量子インタフェースによって量子コンピュータを量子接続することは、分散型量子コンピュータを開発するだけでなく、大規模量子コンピュータネットワークやグローバルな量子インターネットへと発展する可能性も秘められているとしているほか、その応用範囲は高速計算に留まらず、安全性を確保しながら秘匿性のある情報を分散的に解析する秘匿量子計算や、地球規模で公正な同時性を担保する量子株取引ツールなどを提供する可能性もあるとしている。