ロシアによるウクライナ侵略の影響で、衛星の打ち上げができなくなった英国の衛星インターネット事業者「ワンウェブ」は2022年3月21日、打ち上げ再開のため、米国の「スペースX」と契約を締結したと発表した。
同社とスペースXは競合関係にあり、救いの手が差し伸べられたことに驚きの声があがる一方、スペースXのイーロン・マスク氏は「たとえ競合他社でも、正しい行動をとる」と語り、度量の大きさを見せつけた。
現在、打ち上げ成功率が高く信頼性があり、そして発注してすぐに打ち上げが可能な大型の商業ロケットは、実質的にファルコン9しかなく、スペースX一強・一択ともいえる状況になった。しかし、その裏には大きなリスクも潜む。
ワンウェブの打ち上げ中断
ワンウェブ(OneWeb)は英国ロンドンに本拠地を置く衛星インターネット事業者で、地球を覆うように648機の小型衛星を打ち上げることで、衛星群(コンステレーション)を構成。これにより、全世界に堅牢で高速、安全なブロードバンド・インターネット接続サービスを提供することを目指している。
設立は2012年で、2020年3月に経営破綻したが、インドの移動体通信大手バーティ・グローバルと、英国のビジネス・エネルギー・産業戦略省からなるコンソーシアムによって買収され、現在に至っている。
また、衛星の打ち上げは、2019年2月の試験衛星6機の打ち上げを皮切りに、その後は実運用機の打ち上げが重ねられ、現在までに428機が軌道上へ送られている。
同社は今年3月5日にも、新たに36機の衛星の打ち上げを行うことを計画していた。この打ち上げは、ロシアと欧州の宇宙企業が共同で手配、準備を進めていたもので、ロシアのソユーズ2ロケットを使い、カザフスタンにあるバイコヌール宇宙基地から打ち上げられる予定だった。
しかし、その直前に始まったロシアによるウクライナ侵攻を受け、欧米などによる経済制裁の一環として、ワンウェブは打ち上げの中断を決定した。
また、ロシア側もワンウェブに対して、「出資している英国政府が同事業から手を引くとともに、ワンウェブを軍事目的で使わないことを保証しない限り打ち上げは行わない」と要求。さらに、これに前後して、ロケットに描かれた各国の国旗のうち制裁措置を取った国をシールを貼って削除したり、ロケットや支援車輌に、ウクライナに侵攻したロシア軍兵器を示す「Z」、「V」といった文字を書いたりと暴挙を働いた。
そして、双方がそれぞれ手を引く形で、打ち上げは中止されることとなった。
これまでワンウェブの衛星はすべてソユーズを使って打ち上げられており、今後の打ち上げ契約も交わしていた。また、タイミングの悪いことに、ソユーズ以外に契約しているロケットは新型機で、まだ完成していないという状況にある。
このため、ワンウェブは衛星の打ち上げが止まるという危機的状況に陥った。
競合相手に手を差し伸べたイーロン・マスク
ところが3月21日、ワンウェブは「スペースXとの間で衛星打ち上げに関する契約を締結。これにより打ち上げを再開させることができる」と発表した。最初の打ち上げは、今年中にも予定しているという。
スペースXは、実業家のイーロン・マスク氏が率いる宇宙企業で、同社が運用する「ファルコン9」ロケットは打ち上げ数、信頼性ともに世界トップレベルにあり、価格も安い。
一方で、同社は「スターリンク」という、ワンウェブに似た衛星ブロードバンド・サービスの構築を進めており、衛星数など異なる点はあるものの、ワンウェブと真っ向から競合するサービスでもある。このため、スペースXによる打ち上げ契約は、業界から驚きをもって迎えられた。
競合他社であるにもかかわらず、打ち上げ契約を結んだことについて、マスク氏はTwitterで「競合他社であったとしても、ワンウェブのために正しい行動をとります」とコメントしている。
またワンウェブのCEOを務めるニール・マスターソン氏は「スペースXの支援に感謝します。これは、宇宙の無限の可能性に対する私たちに共通するビジョンを反映するものです。この打ち上げ契約により、私たちは衛星コンステレーションを完成させ、堅牢かつ高速、安全なブロードバンドを世界中に提供するための軌道に戻ることができました」とコメントしている。
なお、契約額や、何回分の打ち上げ契約を結んだのかなど、詳細は非公開となっている。