東京工業大学(東工大)、東京大学(東大)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、量子科学技術研究開発機構(量研機構)、総合科学研究機構(CROSS)の5者は4月7日、イットリウム(Y)・酸素・水素の化合物「YOxHy」の結晶方位を揃えたエピタキシャル薄膜を作製し、光照射と加熱によって絶縁体と金属の繰り返し変化させることに成功したと発表した。

同成果は、東工大 物質理工学院 応用化学系の清水亮太准教授、同・小松遊矢大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、米化学学会が刊行する化学とその関連分野全般を扱う学術誌「Chemistry of Materials」に掲載された。

光がない状態では電気抵抗が大きく電流が流れないが、光が照射されると電気抵抗が小さくなり電流が流れる物質を用いることで、光応答性のデバイスを作ることができるが、これまでは光照射による金属化およびその金属状態の長期間保持と、任意のタイミングで再絶縁化できる光応答性を示す物質が存在していなかったという。そうした中、研究チームは今回、光照射により電気抵抗が減少する物質の1つであるYOxHyに着目することにしたという。

ただし、YOxHy薄膜の太陽光照射時の電気抵抗の減少は1桁ほどで、その理由として、従来のYOxHy薄膜はガラス上で作製された多結晶体であり、ランダムに並んだ結晶の粒界抵抗の影響を強く受けていることが考えられたことから、より方位の揃ったYOxHy結晶を用いた物質本来の光応答性の評価が求められていたという。

そこで今回の研究では、YOxHy結晶と類似の結晶構造を有するイットリア安定化ジルコニア基板が用いられ、基板温度や水素ガス分圧などの薄膜作製条件を最適化することで、結晶方位の揃ったYOxHyエピタキシャル薄膜が作製された。

実際に、同薄膜に太陽光を30分照射したところ、電気抵抗率が>1.3×103(1300)から1.0×100(1)Ωcmに変化することが確認されたとする。

また、さらなる低抵抗状態の実現に向け、より高強度の紫外レーザ(波長:193nm)の照射が行われたところ、電気抵抗率は1.7×104から6.2×10-4Ωcmまで、7桁以上の減少が示され、この低抵抗状態では、温度下降とともに電気抵抗が減少するので、「金属状態」が発現したことが判明。実際に、光照射された薄膜の外観は、黄色透明から黒色へと変化し、自由電子の生成による着色と合致したとするほか、このレーザ照射後の金属状態は室温下において数日スケールで保持されることも確認されたとする。

  • エピタキシャル薄膜の電気抵抗率変化

    (a)太陽光照射(黒色)および紫外レーザ照射(波長:193nm)(赤色)による、YOxHyエピタキシャル薄膜の電気抵抗率変化。(b)紫外レーザ照射(波長:193nm)後のYOxHyエピタキシャル薄膜における電気抵抗率の温度依存性。(c)紫外レーザ照射後における電気抵抗の時間依存性 (出所:量研機構Webサイト)

さらに、金属状態が保持される中でも、電気抵抗は微増していることも確認されたことから、電気抵抗上昇を加速させるために125℃で、2時間の加熱処理を行ったところ、急激に電気抵抗値が大きくなり元の透明な絶縁体へと戻ることも確認されたとするほか、そこに紫外レーザを再照射したところ、再び金属化するという現象も確認され、光照射による絶縁体から金属への繰り返し制御が可能であることが示されたという。

この光照射による金属化と加熱による再絶縁化のプロセスは、酸素や水素を含まない真空中やAr雰囲気中でも同様に起こるため、外界との酸素や水素のやり取りのない「閉じた系」で起きる現象だという。これは、同様の光伝導を示すヒドリド(H-)含有12CaO・7Al2O3と類似していることから、同様のH-の光励起メカニズムによる余剰電子の生成が考えられるとしている。

  • 光照射前の構造モデルにおけるバンド計算

    (a)光照射前の構造モデルにおけるバンド計算。(b)光照射後の構造モデルにおけるバンド計算 (出所:量研機構Webサイト)

金属化の詳細な機構を調べたところ、Yの面心立方格子中において、酸素は四面体サイト(Thサイト)のみに存在し、水素が残りの四面体サイトと八面体サイト(Ohサイト)に存在することが判明したほか、第一原理計算から、八面体のH-が四面体サイトのO2-と結合してOH-を形成し、生成された余剰電子により金属化する描像で説明できることが判明したとする。

  • 光誘起金属化反応の概念図

    YOxHyにおける光誘起金属化反応の概念図 (出所:量研機構Webサイト)

研究チームでは、今回の研究で実現した絶縁体からの繰り返し可能な光誘起金属化を利用することで、高性能な光メモリ・スマートウィンドウなどのデバイス応用が期待されるとするほか、この大きな光応答性が水素の局所的な結合や荷電状態に由来していることから、薄膜内における水素の密度・結合・荷電状態などの高度な制御により、さらなる光エレクトロニクスの進展へとつながることも期待されるとしている。