「木ってなんか良いよねぇ~」

生活環境の一部に木材を用いたとき、このような形容しがたい感情をもつ人は多いのではないだろうか。

これは「落ち着く、温もりを感じる、心が安らぐ」など住み心地、居心地の良さを経験的に知っているからこそ思わず口から出る言葉だと感じる。

考えてみれば、日本人は狩猟時代から木材を巧みに使っている。当時は鉄、セメント、ガラスなどの人工的な近代素材はなく、日用品や狩猟道具、住居や燃料などといった生活品は樹種を使い分けるなど「木の文化」を育んできた。

「木ってなんか良いよねぇ~」の「なんか良い」には、目に見えない遺伝子や本能に組み込まれている「日本人と木の親和性の高さ」に起因した感情と捉えると浪漫を感じずにはいられないが、実は「木材の良さ」を科学的に解明しようとする研究は、1960年代以降さまざまな研究者が取り組んでいる。

また、木材の物理・化学特性や人間心理アンケートなどの研究から得られた成果は体系的にまとめられている。

そこで、今回は科学的アプローチから「木の良さ」について解説したい。

物理・化学特性からみた木材の良さ

まず、木材の物理特性からみた「良さ」について紹介する。

木材を含む各種材料にガラス玉を落とし、ガラス玉が割れる高さを比較した事例では、プラスチックや大理石と比較し衝撃吸収性が優れていることが分かっている。

  • 各種材料のガラス玉が割れる高さの比較

    各種材料のガラス玉が割れる高さの比較(出典:林野庁資料 鹿島出版「建築アラカルト」)

また、コンクリートやビニールタイルなどの床材料と比較して、木材の方が触れた際の温度低下が緩やかであり、接触時に体温を奪う作用が小さい。

  • 床材料の違いによる足の甲の温度変化

    床材料の違いによる足の甲の温度変化(出典:林野庁資料 木材工業 22(1)22-26)

さらに、居住空間に木材を取り入れることで、居住快適性が向上するという報告もある。

下記図は内装仕様が異なる2部屋の人滞在時における室内相対湿度の経時変化を表しており、木材内装のA棟における相対湿度は、木材内装ではないB棟よりも常に低いことが示されており、木質空間のほうが湿度が高くなりにくいことがわかる。

また、木質空間では、ビニールクロス空間と比較し相対湿度変動が緩やかであることも示されている。

  • 内装仕様が異なる2部屋の人滞在時における室内相対湿度の経時変化

    内装仕様が異なる2部屋の人滞在時における室内相対湿度の経時変化。A棟は床・壁・天井がスギ板内装、B棟は床:表面UV塗装、壁:表面木目調のビニールクロス、天井:表面木目調のビニールクロス。(a):2014年5〜6月、(b):2015年1〜2月、(c):2015年2〜3月、(d)2015年6〜7月の比較(出典:木材工業 73(5)187-192)

これらの効果は、木材が熱物性に優れ比強度の高い多孔質材料であるために得られるものだ。

加えて、木材に含まれる精油成分は50種類以上の化学混合物で、化学反応的消臭効果やホルムアルデヒドを吸い取るといった効果も知られている。

すなわち、木材を使うことの良さについては物理・化学特性からある程度説明できる。

木材利用が人間の心理・生理応答に及ぼす影響

では、木材と人間の心理・生理応答についてはどうだろうか。これらについては、日本全体の傾向に匹敵するほどの科学的普遍性をもった研究成果は極めてまれだ。

行動分析や意識調査によって間接的に人間に与える影響を調査した事例では、鉄筋コンクリート校舎と比較して木造校舎の方が、教師や生徒の疲労症状が抑制され、インフルエンザによる学級閉鎖率が低いといった報告がある。

湿度は空中浮遊菌の繁殖にも影響をもたらし、湿度50%程度で菌の繁殖が抑制される効果があるといわれている。

木材は多孔質材料で、その主要構成成分であるセルロースとヘミセルロースは多くのヒドロキシ基を有しているため、水分子を吸着しやすい特性をもつ。したがって、空気中の湿度を調整する作用によって菌の繁殖が抑制されたものと考えられている。

  • インフルエンザによる学級閉鎖の割合

    インフルエンザによる学級閉鎖の割合(出典:文部科学省 木の学校 資料:木造校舎の教育環境 住木センター)

また、唾液採取や採血、脳波測定、近赤外分析法などの直接的な評価によって人間の生理的変化に着目した報告も近年増えている。

スギの香りによって収縮期血圧や脳活動が穏やかになることや、木材のニオイ成分である「α-ピネン」などを嗅ぐことによってパソコン作業のストレスが緩和されるといったリラックス効果を検証した事例や、ヒノキ精油成分によって免疫機能が向上するといった効果が知られている。

木材の触覚特性では、木材と他材料への接触が血圧に及ぼす影響について検討している。その結果、ステンレススチールボードへの接触と比較してスギ、ヒノキ材への接触の方が、収縮期血圧(いわゆる血圧の上)が小さくなると報告されている。

  • 収縮期血圧に対する各材料への接触の影響

    収縮期血圧に対する各材料への接触の影響。縦軸は収縮期血圧を示し、エラーバーは標準偏差を示す。接触前後の10秒間平均で有意差が認められた(出典:J. Wood Sci. 44(6).495-497

さらに、触覚特性のさまざまな研究から、木材は接触時の生理的ストレス状態を生じさせないという成果も示されている。

木材にはさまざまな科学的・心理的に良いとされる効果があるのだ。

サステナブル社会実現に向けた取り組みを背景に、木材利用への関心が高まっている。

それに呼応するように、人間が感じる「木の良さ」を科学的な根拠をもって発信することが今後ますます必要となってくるだろう。

しかし、今回紹介した木材の特性は一部に過ぎず、木材の欠点についても同時に学んでいかなければならない。

木材の特性は人類に使用されるために発現したのではなく、自らが生存競争で優位となるべく進化したものだ。したがって、他材料よりも扱いにくい点もある。

今後はそういった記事も執筆しようと思うので、ぜひ参考にしていただけたら幸いである。