金沢大学は、時間とともに立体構造の右手型と左手型が入れ替わる分子を開発することに成功したと発表した。
同成果は、金沢大 ナノ生命科学研究所の秋根茂久教授、同・理工研究域 物質化学系の酒田陽子准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。
生命現象において重要な分子の多くは、構成する原子の種類や数は同じだが、その立体構造が鏡に映したものとは重ならない右手型と左手型のカイラリティ(キラリティ)構造を有するものが多い。そして左右の型によって、生体に対する作用が異なる場合も少なくなく、特に創薬などにおいては、片方だけを確実に取り出すことが求められる。
その左右の型がある分子のうち、どちらか片方だけを取り出したとき、残されたもう一方が徐々に左右の型の50%ずつの平衡混合物「ラセミ体」に戻るものがある。この現象は「ラセミ化」と呼ばれ、たとえば右手型からラセミ体に戻る場合は、通常は左右の型で50%ずつの状態で止まり、反対側の左手型が50%を超えることはないという。
しかし、もし、振り子のように、平衡位置(振り子の場合は真下)を超えて反対側に到達するような、右手型からスタートして一時的にでも左手型が50%を超えるようなラセミ化を起こすことができれば、右手型を左手型の分子に変えられることになることから、研究チームは今回、右手型が一旦行き過ぎて左手型となった後にラセミ化するような新しい分子を開発に挑み、新しいらせん型分子を開発することに成功したという。
具体的には、コバルトを含む分子であり、右手型に偏らせる試薬「アミンA」を6つ導入でき、それによって右手型が過剰に存在するが、このアミンAを取り除くための試薬「アミンP]を加えると徐々に「ラセミ体」に戻っていくものの、途中で一時的に左手型が過剰な状態を通ってから、右手型と左手型が50%ずつの混合物「ラセミ体」となるのが特徴だという。
一般に、多くの化学反応の時間変化は、指数関数的な変化として表されるが、今回の研究のアミンAからPへの変換では一旦行き過ぎてから一定値に近づいていく特異な時間変化が示されたという。このような特異な時間変化は、ベロウソフ・ジャボチンスキーの振動反応やヨウ素時計反応など、無機イオンの自己触媒反応や超分子ポリマーの形成・変換過程など、複数の分子が複雑に作用した場合にのみ観測されてきたとする。今回の研究では、このような複雑な相互作用に頼らず、らせん型分子というシンプルな1分子のプラットフォーム上で、右手型から一時的に左手型に入れ替わる特異な時間変化が実現されたことから、研究チームでは、今回の研究成果は、時間とともに働きが変わる分子の開発において先駆的で重要な指針となるとしている。
なお、研究チームでは今回の成果を踏まえ、時間に応じて、透明度や色などの性質や働きが変わる新素材の部品として活用されることが期待されるとするほか、よりシンプルな分子骨格で特異な時間変化を起こすことが可能となるので、これを活かした新しい反応の開発が進むことが期待されるとしている。