東京大学(東大)は3月16日、これまで具体例が知られていなかった、3次元空間上の粒子の相互作用を記述する「連続的場の量子論」において、対称性を一般化する試みである「非可逆的対称性」を持つ模型を構築する系統的な手法を見出し、いくつかの具体例を示すことに成功したと発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科 物理学専攻の大森寛太郎助教、米・ニューヨーク州立大学 サイモンズ幾何物理研究所のジャスティン・カイディ氏、東大 カブリ数物連携宇宙研究機構および物性研究所のヤンキン・ジャン氏らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

対称性は物理学のあらゆる分野で現れる重要な概念とされる。特に量子論においては、原子や分子のスペクトラムの解析、素粒子の分類、量子相転移など、さまざまな場面で大きな役割を果たしている。とはいえ、対称性の概念は万能ではなく、すべての現象を説明できるわけではなく、例えば量子色力学においては、陽子や中性子を構成するクォークが単独で観測されたことのない「クォークの閉じ込め」と呼ばれる現象が起きると信じられているが、この現象を従来の意味での対称性から説明することは困難だとされている。

そこで、近年ではこの対称性の概念を一般化して適用範囲を広げることで、より多くの現象の説明を試みようとする流れがある。そうした試みの1つが非可逆的対称性であり、通常の対称性操作では、逆の操作、つまり元に戻すことができるが、非可逆的対称性では、逆操作の存在を仮定せずに、より一般の操作を想定するというものとされている。

イジング模型を例にすると、各格子点上のスピンが揃わない無秩序状態に非可逆的対称性操作を施すと、スピンが上向きに揃った状態と下向きに揃った状態の2つの秩序状態の量子的重ね合わせが得られるという。このように、非可逆的対称性は、微視的な重ね合わせ状態を“シュレディンガーの猫”状態のようなマクロな重ね合わせ状態に変換することができるとする。

このような操作に逆操作は存在せず、通常の対称性操作では実現することができない。このような一般化の存在は、低次元の場の理論では古くから知られており、最近では、3次元格子上の理論においても発見されていた。しかし、3次元の連続空間上の粒子を記述する場の量子論においては具体例が知られておらず、非可逆的対称性の素粒子理論への応用が可能であるかは不透明だったという。

そこで研究チームは今回、いくつかの3次元連続場の量子論の模型について検討を実施。その結果、「ゲージ理論」において「非可逆的対称性」が存在することを発見したとする。

ゲージ理論は、電子などの荷電粒子と、光子やその一般化であるゲージ粒子との相互作用を記述するもので、今回発見された非可逆的対称性は、このゲージ場や電磁場の磁場成分に作用するという。

例えば、3次元空間中の適当な2次元平面をとり、そこを通る磁束密度を考え、無限遠方の境界条件を適切に設定すると、平面上の各点の磁束密度の量子的な期待値に相関がない状態(無秩序状態)と、磁束密度がほぼ一定になる状態(秩序状態)の双方を考えることができ、この状況では、イジング模型の場合に類似した非可逆的対称性を考えることができるとする。つまり、無秩序状態を、磁束密度の値の異なる2つ以上の秩序状態のマクロな重ね合わせに移すような操作が存在することが示されたとする。

このような操作はユニタリ操作によっては実現できないが、より一般的な、観測を含む量子情報的操作により原理的に実現可能だという。このことは、特定のゲージ理論における量子相転移現象を、イジング模型における相転移の類似として理解することを可能にすると研究チームでは説明している。

今回、非可逆的対称性が3次元空間における場の量子論において発見されたことは、我々の世界を直接記述するような模型への応用の端緒となることが期待されると研究チームでは説明する。特に、クォーク閉じ込め問題を含むハドロン物理学や素粒子標準模型を超えた理論の構築への応用が期待されるとするほか、通常の対称性の理論物理学における役割の大きさを考えると、非可逆的対称性も同様に、さまざまな場面、分野において、多様な応用が見出されることが期待されるともしている。

  • 非可逆的対称性

    非可逆的対称性は、微視的重ね合わせにある状態(無秩序状態)を異なる秩序状態の巨視的重ね合わせに写すことができる。この図で、矢印は、イジング模型においてはスピンが、今回新たに発見されたゲージ理論における非可逆対称性においては磁束密度の強さが表されている (出所:東大Webサイト)