東京大学(東大)、慶應義塾大学(慶大)、科学技術振興機構の3者は1月24日、1024個の堅牢な金属酸化物ナノ薄膜分子センサを5mm四方の内部に集積化したセンサアレイチップを開発し、1平方cm以下の領域における空気中の分子の濃度分布を可視化することに成功したと発表した。

同成果は、東大大学院 工学系研究科 応用化学専攻の本田陽翔大学院生、同・高橋綱己特任准教授、慶大大学院 理工学研究科 総合デザイン工学専攻の椎木陽介大学院生、慶大理工学部 電気情報工学科の石黒仁揮教授、東大大学院 工学系研究科 応用化学専攻の柳田剛教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、センサ科学全般を扱う学術誌「ACS Sensors」に掲載された。

空気などの気体中にある揮発性分子群を電気信号として検出する分子センサは、ヘルスケアや食品管理、農業・工業生産管理などの幅広い分野において注目されており、近年、研究開発が盛んに進められている。

しかし、呼気をはじめとする生体由来のガスや、食品から発生するガスなどの検出対象となるガスには、数十から数百種類程度の分子が含まれていることから、それらを検出できるセンサを実現するためには、多数のセンサを集積化する必要があると考えられている。

また、集積化されたセンサ群(センサアレイ)には、小型・低消費電力で、かつ長期間データを取得し続けられる安定性が求められるが、これまで高密度集積化と長期間安定性(堅牢性)の両立はできていなかったという。

そこで研究チームは今回、高温下でも劣化せずに分子の検出が可能な金属酸化物半導体を、理想的な集積化が可能なクロスバー構造に配置したセンサアレイを開発することで、より高密度集積と安定性を両立させることを目指したという。

具体的には、分子センサの長期間安定性を実現するには、大気中かつ高温でも変化しないこと、つまり熱的・化学的に安定な材料でセンサ全体を構成することが重要であること、ならびにナノ薄膜をチャネルとするセンサでは、チャネルと電極の界面の劣化がセンサ特性の安定性に影響することがわかっていることから、電極材料として従来の金属(チタン、クロム、アルミニウムなど)に代わって導電性で安定した材料として知られる金属酸化物(アンチモン添加酸化スズ)を採用。酸化スズのナノ薄膜をチャネルとする横型チャネル構造センサを半導体微細加工技術で作製し、縦型チャネル構造と比べてセンサ表面積/体積比を大きくでき、かつセンサの電気抵抗も大きくできる格子状に電極を配置(クロスバー電極)。クロスバーに配置される電極は1辺32本とすることで、合計で1024個(32×32)の分子センサが5mm四方程度の面積に集積化されたという。

  • 分子センサ

    (左)今回開発されたセンサの横型チャネル構造の模式図。(右)従来の縦型チャネル構造の模式図 (出所:プレスリリースPDF)

また、クロスバー構造では、配線の電気抵抗がセンサの電気抵抗に加わってしまい、センサを正しく測定できなくなるという課題があったが、今回の研究では、50nm酸化スズ薄膜中に平行に流れる電流で分子の検出を行う仕組みとすることで、これを解決。この仕組みにより電流経路の断面積を小さくすることができ、断面積に反比例するセンサの電気抵抗を大きくすることが可能となったことで、センサの電気抵抗の正確な計測を可能としたとする。

さらに、電極界面材料設計の工夫などにより、約500℃の熱負荷後においても電気特性が劣化しない耐久性も確認したという。

このほか、センサの電気抵抗値を短時間で同時に計測できる仕組みとして、1024個のセンサの電気抵抗値を1秒以下で同時に計測することが可能なアナログフロントエンド回路も開発することで、センサアレイの性能を発揮できるようにしたという。

  • 分子センサ

    (左)今回開発されたアナログフロントエンドセンサ計測回路システム。(右)同じく今回開発されたセンサアレイの顕微鏡画像 (出所:プレスリリースPDF)

実際に、このセンサアレイシステムを用いて、センサの近傍から蒸発・拡散してくる分子の検出を行ったところ、センサチップの隣にアルコールの液滴を配置したところ、液滴に近い部分ではセンサが大きく応答し、遠い部分では小さく応答する結果が得られたとするほか、分子拡散シミュレーションから、このセンサ応答の位置による変化は分子の空間的な濃度分布を反映していることが示されたとしている。

センサ応答の勾配についても、分子の種類に応じて異なる傾向を示すことが判明しており、この結果について研究チームでは、今回のセンサアレイシステムによって分子の種類(蒸気圧)を判別できる可能性が示されたとしている。

なお、研究チームでは将来的には、今回の技術を基に多種類の分子が混合された分子群の判別ができるようなセンサシステムの実現が期待されるとしている。

  • 分子センサ

    (a)液滴をから蒸発・拡散させた分子をセンサアレイで検出する実験の模式図と画像。(b)蒸発・拡散してきたエタノールに対するセンサ応答とセンサ列の関係。液滴に近いセンサほど高い応答が得られている。(c)(b)のセンサ応答の勾配と各種液滴滴下後の時間の関係。60秒時点で液滴が滴下されている。勾配の時間依存性が分子の種類に応じて異なる傾向が示されている (出所:プレスリリースPDF)