宇宙ごみ問題はさらに深刻に

衛星攻撃兵器の開発、試験は、宇宙の軍拡につながるという問題だけでなく、宇宙ごみが大きく増えるという点でも許されるものではない。

現在、地球のまわりには、レーダーなどで追跡可能な直径10cm以上のごみだけでも3万6500個以上、それ以下のものを含めると3億個以上にもなるとされる。

宇宙ごみはロケットや衛星の残骸などとして発生するほか、そうした残骸の爆発や、衛星と残骸、残骸同士の衝突などで増殖する。

その中でも、衛星攻撃兵器による衛星の破壊は、数が大きく増加する出来事となりうる。たとえば中国が2007年に行った衛星迎撃試験では、それまで追跡可能な宇宙ごみは約1万2000個だったものの、試験後には1万5000個以上にまで一気に増加した。

今回のロシアによる試験でも、前述のように、追跡可能なものだけでもすでに1500個以上の宇宙ごみが発生したことが確認されており、宇宙ごみ同士の衝突などで、今後さらに増えることは間違いない。

現在、世界中の宇宙機関や民間企業などで、宇宙ごみ問題の解決に向けた動きが活発になっており、欧州宇宙機関(ESA)や宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、民間企業に資金を提供し、商業サービスとしてロケット機体などの宇宙ごみを除去させようとする計画も進む。国連が定めた「持続可能な開発目標(SDGs)」においても、解決課題のひとつとして重要視されている。

すでに発生した宇宙ごみのうち、原型を保っているロケットの機体や衛星など、大きな物体に関しては除去することが可能だ。大きな宇宙ごみはまた、残留した推進剤などが引き金となって爆発したり、他の宇宙ごみが衝突したりすると、大量の宇宙ごみの発生源ともなりうることから、早期の除去が望ましい。

しかし、今回の衛星迎撃試験で生み出されたような、細かく破砕された宇宙ごみは除去が難しく、事実上不可能である。

そのため、大きな宇宙ごみを除去しつつ、いかに新しい宇宙ごみの発生を抑制するかが重要となる。だが、今回のように衛星を意図的に破壊するような事態がエスカレートすれば、宇宙の環境も、宇宙ごみ問題解決に向けた努力も、すべてが水の泡となる。

宇宙ごみ除去のビジネス化に取り組む、日本の宇宙企業「アストロスケール(Astroscale)は、今回のロシアによる衛星破壊試験に対して「宇宙空間にある物体を意図的かつ不必要に破壊することは無責任な行為です。今回の衛星破壊実験(ASAT)は、軌道上の宇宙飛行士のみならず、長期的視点においても宇宙環境の持続性を危険に晒し、私たちの世界地域全体での取組みを脅かすものです。地球周回軌道はすでに混雑状態であり、いかなるデブリの発生も宇宙開発におけるリスクやコストの上昇につながります」との非難声明を発表している。

「アストロスケールはこのような行為に対して声を上げ続けます。次世代へ安全で持続可能な宇宙環境を継承するというビジョンの実現のため、国際社会はともに協力しなければならないのです」。

  • 宇宙ごみ

    ESAやクリアスペース(ClearSpace)が計画中の、大型デブリの除去実証ミッション「クリアスペース1」の想像図。過去に打ち上げてデブリ化したロケットの衛星搭載用アダプターを、専用の衛星で回収し、除去する計画である (C) ESA/ClearSpace

衛星攻撃兵器の廃絶のために

今回のロシアによる衛星迎撃試験は、2019年のインドによる同様の試験と並んで、宇宙開発にとってきわめて重大な事態となった。

米宇宙コマンドやNASAなどが分析するように、影響は今後何十年にもわたって、ISSをはじめとする多くの衛星にとって、そしてそのサービスを使用、利用する企業や私たちの生活に脅威を与え続けることになろう。

前述のように、宇宙ごみ除去に向けて各国の宇宙機関や企業などが研究・開発に取り組んでいるが、ロケット機体など大きな物体が対象であり、細かくなった破片を除去する術はほぼない。

今後、宇宙ごみ問題解決の観点から、また宇宙における軍拡に歯止めをかけるためにも、衛星攻撃兵器の廃絶を目指す取り組みが必要であろう。

現在、衛星攻撃兵器の研究・開発や試験、配備といったことを禁止する法律などはない。1967年に発効され、米ロや中国なども批准している「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約(宇宙条約)」の第4条では、核兵器などの大量破壊兵器を軌道上に配備することは禁止されているが、衛星攻撃兵器のような通常兵器については文言に含まれていない。

また、2007年に国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)で採択された「スペースデブリ低減ガイドライン」では、「意図的破壊活動とその他の危険な活動の回避」が定められ、衛星攻撃兵器による試験の禁止とも解釈されているが、法的拘束力はない。

衛星攻撃兵器の廃絶に向けた第一歩として、まずはその開発や試験を禁じる、より厳しい新たな条約を制定することが考えられる。

しかし、これまでにジュネーブ軍縮会議において、宇宙のウェポニゼーション(weaponization)や、宇宙への兵器の配備、衛星などへの武力による威嚇、武力行使の防止に関する条案が提出されたことが何度もあるが、各国のさまざまな事情や背景などから、いずれも成立には至っていないのが現状である。

宇宙が「戦闘領域」と呼ばれるようになって久しい。私たちの生活も、そして軍事も、衛星を使ったサービスに大きく依存するようになった以上、敵対する相手から、その能力を奪うことはきわめて効果的であり、各国が衛星攻撃兵器の開発や試験を進める理由でもある。そのため、現代では、宇宙軍縮は本質的に難しいのが実情である。

しかし、重要なのは、この問題に関心を持ち続け、考え続け、そして声を上げ続けることである。宇宙を安全で持続可能な場所にするため、人類の明るい未来のためになにが必要か、私たち一人ひとりが真剣に考え、そして協力して行動をし始めなければならない。

  • 宇宙ごみ

    ESAが作成した、地球周辺にある宇宙ごみの概念図。地球と宇宙ごみとのサイズ比や数などは誇張して描かれており、正確ではない。また、追跡できない細かい宇宙ごみはさらに多く存在する (C) ESA

参考文献

https://function.mil.ru/news_page/country/more.htm?id=12394066@egNews
Russian direct-ascent anti-satellite missile test creates significant, long-lasting space debris > United States Space Command > Article Display
NASA Administrator Statement on Russian ASAT Test | NASA
New Russian system being tested hit old satellite with "goldsmith’s precision" ― Shoigu - Science & Space - TASS
Possible Nudol test from Plesetsk - Blog - Russian strategic nuclear forces