衛星通信大手「スカパーJSAT」は2020年6月11日、レーザーを使ってスペース・デブリ(宇宙ゴミ)を除去する衛星の設計・開発に着手すると発表した。理化学研究所(理研)や宇宙航空研究開発機構(JAXA)、大学などと連携して開発を進め、2026年のサービス開始を目指す。

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    スカパーJSATが開発する、レーザーでデブリを除去する衛星の想像図 (C) スカパーJSAT

スカパーJSATがデブリ除去ビジネスに参入

スカパーJSATはアジア最大の衛星通信事業者であり、日本最大の多チャンネルデジタル衛星放送「スカパー!」を運営していることでもおなじみである。

同社は1989年、日本の民間企業として初の通信衛星「JCSAT-1」の打ち上げに成功。現在は20機の衛星を保有する。30年以上にわたり、国内外に対して衛星通信サービスを提供し続けてきた。

一方で同社は、2018年から次世代のビジネスについて検討する社内スタートアップ制度を設立。その中で、スペース・デブリを除去するための技術の研究と検討を進めてきたという。

デブリとは、運用を終えた衛星やロケット機体、そこから発生した部品や破片といったものの総称である。これらデブリは、地球のまわりを弾丸の約10倍もの速度で回っており、たとえ小さなものでも、運用中の衛星や宇宙船に衝突すると甚大な被害をもたらす。現在、地球周辺の軌道には、直径10cm以上のデブリが約3万4000個、直径1mm以上まで含めると1億個以上あるとされ、さらに年々増え続けており、大きな問題となっている。

さらに近年では、数百機から数万機もの衛星を打ち上げて地球観測や宇宙インターネットなどを行う、メガ・コンステレーションやスウォームと呼ばれる計画が進んでいる。コンステレーションとは、全世界を対象にした地球観測や通信を行うために、数十機から数万機もの衛星を打ち上げて配備する方法のことで、たとえば米国の「プラネット(Planet)」は約200機の小型衛星を使って地表を常時監視している。また、「スペースX」や「ワンウェブ」といった企業は、数千機から数万機の小型衛星を配備し、全世界にブロードバンド・インターネットをつなげることを計画している。

これにより、今後10年間に打ち上げられる衛星の数は、人類が過去60年間に打ち上げてきた衛星の数を大幅に上回ると考えられおり、とくに地球低軌道(地表から高度数百kmの軌道)は急激に軌道の混雑化が進み、そしてそれに応じて、デブリの数もさらに増えていくことになると考えられている。

こうしたデブリのうち、小さなものを一つひとつ取り除いていくことは現実的ではない。だが、運用を終えた衛星を適切に廃棄するとともに、大量のデブリの発生源となりうる大きなデブリ(運用を終えた衛星やロケット機体など)を、年間5機程度除去することで、10cm以上のデブリの増加を抑えることができると推測されている。

スカパーJSATはすでに、運用を終えた衛星の適切な廃棄については実現している。そして今回、後者のデブリ除去の事業化にも取り組むことになった。

同社がこの事業に挑む理由として、プロジェクト・リーダーを務める福島忠徳氏は「スカパーJSATは、デブリ問題を『宇宙の環境問題』と捉えており、将来的に自分たちの事業(衛星通信)にとって脅威になると考えている。持続可能な宇宙環境の維持を目指すことは、国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)にも合致し、同時にビジネス化も狙えることから、この両面を実現できる事業ができるのはと考え、取り組むことにした」と語った。

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  • 1960年(左)と2020年(右)のデブリの量の比較画像 (C) 九州大学、スカパーJSAT

レーザーでデブリを除去

デブリ除去の実用化を目指しては、世界中でいくつもの機関や企業が研究・開発を行っており、日本では川崎重工やベンチャー企業の「アストロスケール」などが挑んでいる。

除去の方法には、たとえばデブリにくっついて道連れにして大気圏に落下するものや、デブリに導電性の紐を取り付けて地磁気との作用で軌道を変えるものなど、世界中でさまざまな技術が検討されている。

その中でスカパーJSATは、レーザーをデブリに照射して除去するという世界初の方法を選んだ。

物体にレーザーを照射すると、「レーザーアブレーション」という現象が発生する。これは、物質にレーザー光を照射した際、照射された物質がプラズマ化や気化し、物質表面から放出される現象のことで、この物質の放出を推力として利用し、デブリの軌道を変更して大気圏へ突入させ、処分する。

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    レーザー搭載衛星の想像図 (C) スカパーJSAT

衛星から出すレーザーの力は非常に弱く、1円玉を浮かせることすらできないほどの微弱なものだという。これをパルス照射(瞬間的にパチパチする照射)することで、時間はかかるものの安全に、デブリを落とせるだけの力を与えることができるとしている。福島氏は「SF映画の戦闘シーンのようなものではなく、どちらかというと美容レーザーに近いもの」だと語る。

この方法の利点としては、デブリに接触せずに安全な距離から動かせること、また合体が難しい回転しているデブリにも対応できるなど、安全性や柔軟性が高いことが挙げられる。他社では基本的にデブリにくっついて除去する技術が開発されており、この点はほぼ唯一無二の優位性となる。

また、レーザーアブレーションによって推力を生み出すため、デブリを動かすための燃料をもっていく必要がなく、さらにデブリ側にあらかじめなんらかの装置を取り付けるなどの必要もないなど、経済性にも優れている。

除去衛星の大きさなどはまだ決定していないというが、数百kg以下の小型衛星になるだろうとしている。また、現時点ではレーザーの出力が弱く、質量の大きなデブリを動かすのには向いていないことから、比較的小型のデブリを対象にするとしている。

除去のプロセスとしては、まず除去する対象のデブリと同じ軌道に乗り(ランデヴーし)、安全な距離を保ちながらレーザーを照射することになるという。除去にかかる時間は、相手のデブリの大きさなどによっても変わってくるものの、レーザーの出力が弱く、ゆっくりとしか軌道を落とせないことから、かなりの時間をかけることになるだろうとしている。

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    地上実験においてレーザーアブレーションを発生させている様子 (C) スカパーJSAT