東北大学は11月4日、経済学の「費用便益分析」と理論疫学の感染モデルの一般的仮定だけを用いて、理論物理学の一般的手法により、経済的影響を最小とする、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などの感染症対策の普遍的条件を明らかにしたこと、ならびにこの知見を現在の日本の状況に当てはめた場合、経済コストの大きい時短や行動変容などのマクロ対策よりも、ウイルスの拡散・吸入を直接的に防ぐ効果が明らかで、なおかつコストも小さい不織布マスクの適切な装着や、十分な常時換気の徹底など、ミクロな感染抑制策を優先させることの重要性が示唆されたことを発表した。

同成果は、東北大大学院 理学研究科の本堂毅准教授によるもの。詳細は、日本物理学会の英文学術誌「Journal of the Physical Society of Japan(JPSJ)」に掲載された。

新型コロナのような大規模な感染症は社会全体での対策を要するため、大きな経済的コストが発生してしまう。極力短い日数で終息させるには、欧州などで実施されたような厳格なロックダウンを一定期間行うことが有効と考えられるが、その実施は深刻な経済的な影響と表裏一体の関係となるため、ロックダウンが長期に及べば、感染者も未感染者も関係なく、多くの人の生活が立ち行かなくなってしまうことが懸念されている。

そのため、求められるのは経済的悪影響を最小化しつつ、感染抑制も行える対策の考案とその実施だが、実際には医学、数理科学、経済学など、多様な領域における高度な学際的知識が必要とされるため、世界的にもこれまで、普遍性の高い知見は得られてこなかったという。

こうした状況に対し、この難問の解決に向け、世界中の数理経済学者たちが、数値シミュレーションを用いた研究を進め、例えば英・ケンブリッジ大学の経済学者であるRowthornらの研究では、英国に限定的ながら、その社会経済条件の下、1回目のロックダウン後にどのような感染抑制策を採用することが、医療負担や死者発生による損害を含めた社会全体のコストを下げるかという数値シミュレーションが実施され、感染者数を少ない状態でほぼ一定に保つ、すなわち実効再生産数を1前後にする感染対策の採用が、社会的コストを最低にする適切な介入になることが示唆されていた。

しかし、この知見も国や地域の経済状況などに依存した仮定の下に行われたシミュレーションの結果であるため、その知見の一般性・普遍性は明らかではなく、日本の状況に適用できるか否かも明らかではなかったという。そこで本堂准教授は今回、国や地域、特定の感染状況に依存しない、普遍性の高い前提(経済学の費用便益分析、理論疫学の感染症数理モデルの基礎)だけを採用し、理論物理学の手法を用いることで厳密な解析の実現を目指すこととしたという。

解析の結果、特定の仮定に依存しないだけでなく、将来現れる可能性のある新たな感染症にも適用できる、以下の普遍的知見が得られたとした(用いた前提は、「感染制御に関わる経済コストは、感染制御をより強く行うにつれて増加する」「そのコスト増加率は、実効再生産数を0に近づけるほど(感染制御をより強くするほど)大きくなる」「感染者数増加による医療的コストは、感染者数と正の相関がある(感染者数の増加によって減少することがない)」「感染者数は指数関数的に変化する」の4つ)。

  1. 感染者数が一度増えた後に緊急事態宣言などにより感染者数を元に戻すことは、適切な社会的介入によって感染者数を常に一定に保つより、医療負担や感染者が被る損失だけでなく、経済的負担も大きくなる(経済的不可逆性)。
  2. したがって、感染者数が増えている状況で対策を先送りすることは、むしろ社会的損害をトータルで大きくしてしまう。

なお、今回の研究で得られた一般的知見を日本の現状に当てはめるならば、経済コストの大きい時短や行動変容などのマクロ対策よりも、ミクロな感染抑制策を優先させることの重要性が示唆されると研究チームでは説明している。具体的には、ウイルスの拡散・吸入を直接的に防ぐ効果が明らかで、なおかつコストもかからない不織布マスクの適切な装着や、十分な常時換気の徹底などであるという。

  • 新型コロナ

    感染抑止対策の遅れは、医療および経済の両コストの増加を招いてしまう。(a)感染拡大から感染者数回復までの医療コスト。(b)同じく経済コスト(一例)。どちらのグラフも横軸は感染抑止対策の遅れ(感染抑止を始めるまでの日数を、感染拡大から下の感染者数に戻るまでの日数で割ってある)。同様にどちらのグラフの縦軸も、感染者数が元に戻るまでのコストを、感染者数を一定に保った場合のコストで割ったもの。感染対策への着手が遅れることによって、医療と経済の両コストがいずれも急上昇することが見て取れる。具体的倍率は個々の状況に依存するが、グラフの形は普遍的だという (出所:東北大プレスリリースPDF)