「重い水蒸気」を人工衛星で宇宙から観測し、「データ同化」により、天気予報の精度が向上することを世界で初めて実証した、そんなすごいニュースが流れた。

この研究成果を発表したのは、東京大学 生産技術研究所(東大生研)の芳村圭教授らの研究グループ。

ちなみに、「重い水蒸気」や「データ同化」をご存知だろうか。おそらく多くの読者は、初めて聞くのではいかと思う。重い水蒸気やデータ同化については後述するとして、今回は同研究成果からどのようなことがわかるのか、そんな話題について紹介したいと思う。

「重い水蒸気」とは?

重い水蒸気。おそらく多くの読者は初めて聞くと思う。水蒸気(水)に重いも軽いもあるのかと。

この「重い水蒸気」は、水の同位体※1を意味する。水素や酸素の重い安定同位体である2H(重水素)や18Oを含む水分子である、1H216O(軽い水素と酸素が1つずつに重い水素が1つ)や1H218O(軽い水素が2つに重い酸素が1つ)のことを指す。

水分子は1H216O(軽い水素2つに軽い酸素が1つ)が大半を占めるため、1Hに対して2Hの個数は0.016%、16Oに対して18Oの個数は0.2%ほどしか存在しないが、身近な「水」には必ず含まれているという。

この水の同位体を研究することにより、地球上に遍在する水の起源や移動の把握、地球の水の循環の様相の解明が可能となり、将来の気候変動予測、台風、豪雨などの気象予報や災害の予測につながるとのことだ。

芳村圭教授によると、世の中には水循環の研究者はたくさんいるが、今回の研究のような「水の同位体」を専門としている研究者は非常に少ないのだという。日本だと芳村圭教授のグループ、世界を含めても10グループくらいしかいないというから驚きだ。

また現在までに、水循環の研究がどれくらい解明されているかというと、地球上にどこにどれくらい雨が降って、どれくらい蒸発して、どれくらい川に流れているかについてはある程度わかっているという。

ただし、温暖化や寒冷化によって水循環がどのように変わるのかは、まだ未知の部分が多いとのことだ。蒸発という現象1つとっても、水面からの蒸発や土壌からの蒸発に加えて、植物からの蒸散というようなものもあったり、川に流れるにしても川に至るまでに地表面を流れるのか、地中を流れるのか、というような割合がわかっていない。

このような水循環の詳細を知ることの助けになるのが「水の同位体」の研究なのだ。

  • 重い水蒸気

    「重い水蒸気」(出典:東京大学)

「重い水蒸気」が天気予報の精度向上に寄与することを実証

2021年9月14日、「宇宙から観測した“重い水蒸気”で天気予報を変える」というタイトルで、人工衛星から観測された大気中の水蒸気同位体の比率から気温や風速の予測精度を改善できることを、世界で初めて実証したと東大生研の芳村圭教授らの研究グループが発表した。

欧州の衛星MetOp(Meteorological Operational Satellite Program of Europe)の分光センサIASI(赤外線大気探測干渉計)のデータ使って、データ同化※2を行ったところ、実際に気象に関連する数値の解析精度が向上していることが実証されたとしている。

2021年4月1日から4月30日までのIASIのデータを使い、データ同化した場合としなかった場合の予測を比較したところ、結果はデータ同化したもののほうが、していないものよりも改善されていた。

芳村圭教授によると、理論的には観測された水蒸気の同位体比が天気予報の精度を高めるだろう、ということはわかっていたが、それはもし衛星から十分な精度と頻度で測定できるという仮定のもとでシミュレートしたもので実測値ではなかったという。

実際IASIのデータが手に入り、理論的な予想を実証しようとしたのが2017年ころ、実証に成功したのが2019年ころ、そして論文として認められたのが今回の2021年だ。

  • 比較

    IASIの水蒸気同位体比をデータ同化した実験と、しなかった実験の代表的な大気指標についての評価。データ同化した実験において、しなかった実験よりも誤差が減少したところは青系、誤差が増加したところは赤系で示している(出典:東京大学)

芳村圭教授が「水の同位体」研究で目指す未来とは?

芳村圭教授は、次のような未来像を描いている。それは、水の同位体だけでなく、さまざまな観測情報を用いて、高精度なコンピューターシミュレーションを行うことで、日々の天気だけでなく、洪水、高波、渇水などの自然災害も、事前に十分精度良く予測できるようになる未来だ。

最終的には、地球の気候の過去と現在と将来がすべてわかるようになることが目標とのことだ。

そして、気候の変化によって、社会がどのような影響を受けてきたのかを解き明かしたいという考えだ。例えば、「なぜ応仁の乱が起こったのか?」というような歴史の問題を、気候と関連付けて解明したいというから、とても興味深い。

その理由は、単純に面白そうだからということも含めて、今後、地球温暖化などで気候が変化した際にどのような影響が社会に生じて、それを乗り越えるにはどうすればよいかということを考えるためだという。

他にも古気候の解明の観点についてもお話を伺うことができた。

水の同位体は、もちろん雨に含まれていて、その雨に含まれた同位体情報がさまざまな物質に姿を変えて地球上に固定されて、それを掘り起こすと、昔の情報が復元することができるというのだ。

まさに、タイムカプセルのよう。具体的には、南極の氷、サンゴ、樹木のセルロース、洞窟の鍾乳石などさまざまな物質から得られる酸素同位体比・水素同位体比がそれにあたる。

実のところ、気温や雨量といった気候・気象の情報がわかるようになったのは、近代的な測器が充実した1900年代以降、特に第二次世界大戦以降とのことだ。

つまり、直接の観測記録は、長くて100年程度しかないのだ。上記の同位体の情報を使うと、サンゴや樹木からは数百年以上、氷や鍾乳石からは数万年から数十万年の気候の情報が得られる。そうした長い過去の中には、温かい時代や寒い時代があり、そうした時代を調べることが、今後の気候を予測することの裏付けにもなるだという。

  • 東京大学芳村圭教授

    東大生研の芳村圭教授(出典:東京大学 生産技術研究所Facebook)

いかがだっただろうか。「水の同位体」研究の奥深さを知ることができたと思う。そして、日本の「水の同位体」研究を牽引する芳村圭教授の目指す未来も知ることができた。

そんな芳村圭教授は、研究者になるなどとは以前はまったく考えていなかったという。実は、芳村圭教授は、大学時代の4年間はアメフトに打ち込まれていたバリバリの体育会系。大学院入学と同時に一念発起して勉強に打ち込もうと決意され、その際、出会ったのが質量分析計という同位体を測るための装置。その装置を使い始めたことが「水の同位体」研究を志すきっかけで、研究をやってみたら面白くてハマってしまって今に至るというユニークな一面も聞かせていただいた。

【今回お話をうかがった研究室】

■東京大学 生産技術研究所 人間・社会部門 同位体気象学 芳村研究室 - Yoshimura Laboratory -

※1 同位体(アイソトープ)とは、同一元素の原子はその原子核に必ず同数の陽子を持っていることはご存知だろう。そして一方で、同一元素の原子であっても中性子数の異なる原子核が存在する。この原子核または原子を当該元素の同位体という。

※2 シミュレーションは通常、現実世界を様々な型でモデル化して行われるが、その結果と現実世界の間にはどうしても”ずれ”が出る。シミュレーションを実際の観測データと突合し、シミュレーションを修正して「確からしさ」を高めることが行われている。これを「データ同化」という。