東北大学は10月29日、超弦理論(超ひも理論)によって予言されている素粒子「アクシオン」がダークマターのエネルギーによって質量を得ることで運動を開始する機構を提唱し、結果として宇宙マイクロ波背景放射の偏光面が回転するという説を発表した。

同成果は、東北大 大学院理学研究科の中川翔太大学院生、同・高橋史宜教授、東北大 学際科学フロンティア研究所の山田將樹助教らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学専門誌「Physical Review Letters」に掲載された。

宇宙最古の光である宇宙マイクロ波背景放射は、ビッグバンから約38万年後に起きた“宇宙の晴れ上がり”の瞬間に放たれた光とされている。欧州宇宙機関(ESA)が2009年に打ち上げたプランク衛星による宇宙マイクロ波背景放射の偏光データ解析の結果、2020年11月に偏光面が回転している兆候があるという標準宇宙論では説明のできない発見があったことが報告され、鏡に映す変換のような「パリティ対称性」を破る新しい効果が存在することが示唆された。

宇宙マイクロ波背景放射の偏光面が一定の方向に回転しているということは、パリティ対称性が破れていることを意味するという。2020年11月の発見はまだ確定的なシグナルではないが、将来的に精度のよい偏光観測が行われることによって、より確かな情報が得られることが期待されている。

そして、このような効果を持つ未発見の素粒子として、「アクシオン」があり、宇宙の晴れ上がりの時期以降に運動を始め、この運動によって宇宙マイクロ波背景放射の偏光面が回転すると考えられている。しかし、アクシオンが運動を始めたのはなぜこの時期になってからなのか、という疑問は未解決のままだったという。

そこで研究チームは、アクシオンがなぜ宇宙の晴れ上がり以降、現在までという特別な時期に運動を始めたのかという理論的な疑問点があることを指摘し、それを解決する機構を提案することにしたとする。

注目したのは未知の物質であるダークマター。ダークマターの正体として、アクシオンもその候補の1つに挙げられている。

ダークマターそのものを観測することは困難だが、重力レンズ効果など、ダークマターの重力がもたらす効果を用いることで、宇宙におけるおおよその存在量が間接的に見積もられ、現在の宇宙でも大量にあるとされている。また、そのエネルギー密度が宇宙論的に重要になる時期(物質優勢期)の始まりは、宇宙の晴れ上がりの時期と近いと考えられている。

このことから、アクシオンがダークマターのエネルギーを通して運動を始めることができれば、必然的に宇宙マイクロ波背景放射の偏光面に影響を与えることが示されるという。

ただし、アクシオンがダークマターのエネルギーを通して質量を持つためには、それらの間に何らかの相互作用が必要になることから、今回の研究では、標準理論の4つの力(電磁力、強い力、弱い力、重力)に加えて、電磁力とよく似た未知の力が仮定され、その磁荷を持つ磁気単極子がダークマターとなるシナリオが着目された。

このとき、アクシオンが未知の力とも量子アノマリーを通して相互作用している場合には、ダークマターである磁気単極子のエネルギーを通して質量を持ち、物質優勢期になると運動を始めることが今回明らかにされたという。

ダークマターと宇宙マイクロ波背景放射の偏光は一見するとまったく関係がないものだが、アクシオンという新粒子を通して密接に関係することになることから研究チームでは、将来、ダークマターの探査実験と宇宙マイクロ波背景放射の偏光観測の精度が高まることで、今回提案されたモデルの検証が進むことが期待されるとしている。

  • アクシオン

    アクシオンの運動(右上図の赤点)に伴って、宇宙背景放射(左上図)の偏光面が回転していることを示す模式図。左下のグラフの各線はダークマターと物質(実線)、輻射(赤破線)、ダークエネルギー(緑点線)のエネルギー密度の時間発展が示されている。等密度時から現在に近い時期までダークマターと物質が優勢な時期になっており、その時期にアクシオンが運動する。宇宙の晴れ上がりは等密度時の直後に起こるため、宇宙背景放射の偏光面が必然的に回転するという (出所:東北大Webサイト)